えのログ

人生五里霧中

牛乳石鹸のCM炎上に余裕のなさを感じる


牛乳石鹸 WEBムービー「与えるもの」篇 フルVer.

 

牛乳石鹸のCMが炎上しているらしい。

これまで炎上系のCMは遠目で眺めて

「あーそりゃ燃えるな」とか感じるものが多いのだけど、今回のはちょっと違和感があったので書いてみる。

 

ルミネのCMとかは結構明確に燃えるポイントがわかったけど、

今回の炎上を見ていてすこし違和感があったので書いてみる。

 

このCMのよろしくないところがあることはわかる。

嫌いな人は嫌いなCMであることはわかる。

一応言っておくと自分もケチようと思えばケチをつけるポイントはある。

 

 

このCMの流れとしては

・「いい父親」を普段はしている主人公

・しかし、かつての父親と現在の自分のギャップに苦しんでいる

・結果、「いい父親であることは正しいのか?」

 子供の誕生日に飲みにいってしまう(後輩を慰めるなどの理由はある)

・奥さんに叱られる。風呂に入った際に父親と風呂に入ったことを思い出す。

・自分の父親も「いい父親」でもあったことを思い出す

・謝る。子供の誕生日。日常へ戻る

 

といった感じだろう。

いやわかるよ。少なくとも悩んでいようと

「子供の誕生日すっぽかすなよ」とか

「奥さんに素直に謝れよ」とか

色々落ち度はある。

ただこのCMは「間違っててOK!現代の価値観はクソ!マッチョになれ!」

みたいなCMではないわけで。(そうだったら炎上してもスルーしている)

 

「理屈として間違っていても過ちはおかしてしまうよね。そんな日は洗い流そう」

 

とかそういうあたりが狙いのCMなわけでしょう。

「全面的に主人公の行動を肯定」しているのではなく

「正しくあろうとしていても間違ってしまうこともある」

ことを肯定する話なのだと思う。

 

いやね、難しいことだとは思うんですけどなんでもかんでも最適解で人間生きられないと思うんですよ。

遅刻しちゃいけない時に家の鍵を忘れるとか、早く寝ないといけないのにスマホいじって起きていてしまうとか、

なぜか大切な試験の日に寝坊するとか、ガチャでズルズルと大金つっこんでしまうとか……

いきなりそんなに正しく生きられないと思うんですよ。

 

 

これがこうも燃えるとなるとみんないっぱいいっぱいなのだと思う。

正しくあろうと限界なのかもしれない、正しくなれなくて他人から責められて限界なのかもしれない、奥さんの立場から見てこういう振る舞いに限界なのかもしれない、過去の父親の振る舞いに許せないことがあったのかもしれない。

ただ、間違い自体を許せないのは少し怖いなと。

 

そんなことを感じたのでメモとして。