えのログ

人生五里霧中

CCさくらを見て思い出す幼少期のつらさ

CCさくらを見返している。

見返しているが別にCCさくらの感想でもなくどうしようもない自分語りなので本当キモヲタってどうしようもないですね。

今回は本当に文章がまとまっていないわネガネガしてるわって更新だ。

 

 

 

 

序盤を見返したけど相変わらず面白い。

自分とほぼ同い年というより微妙に年上だったさくらがはるかに年下になっていることに悲しさは感じるけれど毎回のケロちゃんの「こにゃにゃちわー」を聞くと土曜日という感じがする。今日土曜日じゃないけど。

当時見ていた時は全然意識していなかったけれど昨今ピックアップされるみたいに、マイノリティに優しい目線な世界だと思う。(といっても今見てもそっち方面に意識はいかないけれど)

 

ちょっとズレる話だけど前に細かな文章は覚えていないけど、

CCさくらのような性差を区別しない優しい世界の作品を見て育ったのに世の中は云々』のようなツイートをみたりした。

でも実際に見返すと、当時の自分にとってCCさくらの存在はかなり性差を感じさせる作品だったことを思い出したりする。(作品の内容ではなく)

 

小学校入学前や小学生時代、少女が主人公なアニメを見ると

「おんなが見てるアニメをおとこがみてるなんておかしい」という風潮がずっとあって、

セーラームーンが放送されていた時(小学校入学前)はそれを見ようものならその日のごっこあそび敵役であるのは間違いなく万年チビであった自分はこれもう辛い、とても辛い、余は辛い。

よくない?

ビーファイターカブトが好きであることとセーラームーンを見てみたい感情は矛盾してなくない?(どっちが先の作品かは覚えてない)

「戦隊ヒーローも好きだけどセーラームーンも見てみたい」

という気持ちと葛藤はすごかった。まあ小学校入学前はごっこあそびのつらさと

「まだ見ていないし」と欲望をかろうじて抑えられた(抑えてしまった)ために見送ったのだけど、

そんなセーラームーンを見れなかった後悔はCCさくらの時に発揮され、

「なんでこそこそ見ないといけないんだ面白いのに・・・男がみて何が悪いんだよ・・・」

とヘイトを感じながら小学生時代NHKをみていた記憶がある。もう思春期前から世の中を半分呪ってたの本当気持ち悪いですね。

後小学校時代に片親になったのもあり、さくらへの感情移入度合いはものすごかったがそれでも誰にも「これ面白いんだよ」と言えないのはなかなかつらさがあった。

どこまでも優しい作品だったけれどそれを見る自分のいる優しい世界ではなかったし(小学校高学年だとか中学校の時の再放送とかじゃ今度はロリコン扱いというつらさが待ち受けていたのだけど)

「いつなら面白いといっていいんだよクソ」

みたいな葛藤が結局10代ずっと続いたと思う。いや当時のコミュ力のなさもあるけど。

これ以上行くとオタクの世代雑語りになってしまうのでやめておく。

そんなつらさ。

 

話もどるとCCさくらを見た『だけ』じゃ別に人権意識ある人は生まれないんじゃないかなあとか、思ったりした。(そういう側面ですごく良い作品でもあるだろうけど)

少なくとも自分はそうでなかったので。

でもアニメ見てるだけで人にバカにされる風潮はどうやら軽減されているようだったり、自分では観測できないけれど子ども達の中ではもう男子女子向けといったくくりのアニメはないのかもしれないけど。

(やたら回りくどいですが今回の話は

男はつらいよ」みたいなクソみたいな話がしたいわけではなく、自分は当時男に生まれてアニメを見るのに色々制約があって辛かった、ということがふつふつ湧き上がっておおつらい、という話です。)

 

昨日今日でのTLでの観測範囲だけの話でもあるんだけど、

コンテンツからメッセージを感じ取るだとか、作品のスタンスと同じように

人間が他人と関わるとか接するって簡単にできないよなあ、って気持ち。

おおつらい。

そんな感情が色々と見返していると押し寄せてくるが、

それでもコンテンツで救われる感情もあるし、少しづつ変わることもあるだろうとは思うのだけど。

 

しかしケロちゃんのコーナーは妙に好きなんですよね。

なんなんでしょうね、ケロちゃんが椅子にすわってるカットがやたらかわいくて好き。

あと当時自分は雪兎さんがめっちゃ好きでしたね、人生で初めて知った中性的な男性キャラだったと思う。

 

全くまとまってないが終わり。人生はキビシー