えのログ

人生五里霧中

ツインテールは海老の味

ツインテールがエビフライになる世界について考えました。
もう悲劇、ひどい。残酷すぎる。

例えば僕に17歳のツインテール概念の幼馴染がいるとして、毎日学校に通う時に迎えにきてくれるわけですよ。
 
「ほんっとアンタって朝起きないわよね……」
 
とか呆れた感じで言い捨てるけど毎日迎えにきてくれる幼馴染ツインテール概念です。
 
名はツイン照子(てるこ)といいます。
僕とツイン照子は生まれた時からお隣同士、昔は
 
「ツイン照子ちゃんと結婚する!」
 
と僕は言いツイン照子ちゃんは大喜び、しかし時が経ち、どうにもツンケンしだすんですよ。
 
「ちょっとあんま馴れ馴れしくしないでくれる」
 
中学校入学式の日に急にそんなことを言いだすんですよ、僕は気にせず話しかけまくるんですよ、そうすると顔真っ赤に「あ、あんたねえ!」とか言うんですよめっちゃ可愛いなツイン照子。
 
ツイン照子の両親は仕事中毒で世界中を駆け回っていて全く家に帰らない。だからウチに入り浸るツイン照子。
当たり前のように一緒に過ごすツイン照子。
中学校時代を経て、なんと偶然同じ高校に進学!てんやわんやの学校生活を送る中、日々は過ぎていくんですよ。
そうこうしてツイン照子17歳、僕も17歳、時は2018年ーーその時がやってくる。
 
世界のすべてがエビフライに置換された。
 
「あのさ、私、本当はえのk」
 
ぽとり、夕焼けに染まるなんかそういう雰囲気の坂道にエビフライが落ちた。
最後に僕に何か言おうとした言葉を言い終える前に、“彼女”はエビフライになってしまった。
 
彼女は、 エビフ照子になってしまったのだ。
 
あまりの強度の概念そのものだったあの彼女は髪型だけにとどまらず全てがエビフライに置換されてしまった。
もう僕の記憶の中の全てもエビフライだ。
僕は生まれた時に、となりの赤ん坊用のベッドにはエビフライがスヤスヤと寝ていた記憶がある。
もう、名前すらなんだったかわからない。
元から僕の家のお隣さんはエビフさんだった気がしている。
 
目の前の地面に落下したエビフライを慌てて掴み、家へと走って帰る。
 
「えのき……大変よ……」
 
母がテレビの前で立ちつくしている。
テレビではエビフライについてでもちきりだった。
 
他のエビフライ髪型だった人々はすべてエビフライが頭についた。ちなみにエビフライにエビの頭がついているか論争は🍤という絵文字の通りのエビフライがこの世に置換されたためにケリがついた。
でも、僕にとってそんなことはどうでもよかった。
今の問題はエビフ照子が、エビフ照子になってしまったということなのだ。
 
自室に駆け込んで、勉強机の上にティッシュを二枚重ねで引いてそのうえに、エビフ照子を寝かせる。
彼女は何も話さない。エビフライは何も語らない、何も語ってくれない。
 
「どうしたらいいんだ……」
 
あまりの状況に頭が真っ白だ、エビフ照子が最後に自分の部屋に来たのはいつだったのだろう。
小学生のころだったか、それとも中学生のころだったか。
 
だけどそんなことを考えている暇はきっとないのだと、僕は感覚的に理解してしまっていた。
だって、全てがエビフライになった瞬間はホカホカだったエビフ照子はすでにホカホカではなくなっていた、サクサクだった衣はすでにしんなりし始めていた。
揚げ物の寿命は短い、単品のエビフライの寿命はもっと短い。
 
じゃあ、このエブフライがこのまま時がすぎて食べられないエブフライになったらどうなるというのだろう。
腐ってしまったエビフライ、食物。
それはーーもうエビフライの死なんじゃないだろうか。
僕は目の前で幼馴染が死に至るその瞬間を見せつけられているんじゃないだろうか。
 
「どう、どうしろっていうんだよ……!!!」
 
慟哭ーーこの世の残酷さを僕は17歳で知った。
 
『エビフライ 保存 方法』で検索をかけても
「これで時短!いつでもサクサク揚げ物の冷凍保存方法」
なんて記事しか出てこない。
どうしようもない、こいつらエビフライを食べることしか考えていない。
冷凍なんて、人を殺すことしか考えていないんだ。
 
じゃあ、僕がどうすればよいか。
 
そして夜が明けた。
徹夜が苦手な僕はその日珍しくコーヒーも飲まずに徹夜した。
不思議なほどに目は冴え渡っていた。
目の前には、もう、ホカホカでもサクサクでもないエビフ照子がいた。
 
このままじゃ、確実に腐る。
 
なら、もう僕ができることなんてーーしょせん一つしか存在していないのだ。
 
エビフ照子のしっぽを掴む、もう残像でしかない彼女との思い出が脳裏をよぎる。
彼女の、エビフライ部分を掴んだ時は本当に怒られたっけ。もう声も思い出せしない。エビフライに声帯はないからだ。
 
きっと、この記憶すらエビフライに漂白されていく。
 
エビフ照子と過ごした幼少期も、小学校に入学したあの日も、テストの点数をバカにされたことも、クラスの友達にからかわれてエビフ照子と話すことが気まずくなったあの日も、二人で雨の日にアスレチックで雨宿りしたほのかの思い出も。
 
全部エビフライだ。
 
エビフライと僕の入学式の写真は存在していない、サイズ感が違うからだ。
バカにされたテストなんて存在しない、エビフライはテストを回答できないからだ。
クラスの友達はからかったりしない、エビフライと仲のよいやつなんていないからだ。
あの日の思い出なんて存在しない、エビフライは雨に弱いからだ。
彼女との思い出はたどるほどにエビフライへなっていく。
きっと全ての思い出を振り返った時、僕の記憶にはエビフライしかなくなって、全ては存在していなかったことになるのだろう。
 
エビフライを食べるーー それがエビフライの天寿を全うすることなのだから。
 
その日、僕はエビフライを食べた。
 
それから一ヶ月はもう大変だったらしい。
アニメのエビフライ髪型のヒロインはエビフライが常に頭にくっついているのに誰も突っ込みをいれない異常事態、コスプレの合わせでエビフライ髪型の人はギトギトしっぱなし、僕と同じような悲劇に見舞われた人々は多く、エビフライの食事は禁忌となった。
ただ、誰もそれがなぜ禁忌かは説明ができなかったし、立証できなかった。

全ての記憶はエビフライに置換されていたのだから。

時たまそのような性的嗜好を持ち合わせた人々がおり、その手のDVDが流通し出演者がエビフライ髪型へと髪を結い、エビフライを食べるビデオがモザイクなしでこっそりと出回ったりしていた。
 
正直なところ、僕はその時期のことを何も覚えていない。
エビフライを食べたあの日から、僕はキッチンに立ち続けた。
学校は休んだ、親は何度か学校へ行かそうとしたけれど、そのうち諦めた。僕が失ったものについて思うところがあったのかもしれない。もしかしたら何かをあの日に親も失ったのかもしれなかった。誰かが支えてくれた受験時代すら僕にはギトギトの触れたくない思い出へとなっていた。
僕は何かに突き動かされるかのようにシェフへと弟子入りした。
油で手を火傷したりするような生活だった、厳しい毎日だったが、その厳しさは僕の寂寥感をキッチンペーパーのように包み込んでくれたのだ。
 
20年後、僕は自立し、店をオープンした。
中目黒のはずれにあるイタリアンレストランだった。
絶対に続かないと言われた環境だった。土地代は高く、単価をどれだけ高くしてもその土地代の支払いに追いつかないと思われたからだ。
ただ、不思議と生き残っていた。僕は自分のレストランで腕をさらに磨いた。
中目黒の環境は何かへと僕を誘っているようだった。
 
そして、その日ーー僕はその意味を知った。
 
「ど、どうしてこんなものを作るんですか」
 
弟子の不安そうな声が聞こえる。弟子も馬鹿じゃない。何を作ろうとしているかなんてだんだんと理解できているようだった。
 
「食べるわけじゃない、見ていろ」
 
油の中へ”それ”を放り込む。
海老を薄力粉、溶き卵、パン粉の順につけた存在、つまり衣が音を立て始める。
 
ーー勝負は一瞬。
プチプチプチプチプチプチプチーー今だ。
 
あの日のことを僕の舌は覚えていた。
そしてその味からそこから逆算して出来立ての瞬間を割り出すだけの力量が、今の僕にはあった。
それだけ、それほどに、あのエビフライは美味しかった。
 
エビフライを取り上げる。
 
完璧なエビフライ、もはやエビフライ概念へと昇華されたエビフライーー僕は、究極のエビフライを生み出した。
あの日、あの時、あの瞬間のエビフライを。
 
世界は置換される。
エビフライ概念そのものとなったエビフライはかつて”あったはず”の現象を呼び起こす。
エビフライが奪い去った概念と置換される。
そう、ツインテールへと。
 
記憶が蘇る。
彼女と過ごした幼少期も、小学校に入学したあの日も、テストの点数をバカにされたことも、クラスの友達にからかわれて彼女と話すことが気まずくなったあの日も、二人で雨の日にアスレチックで雨宿りしたほのかの思い出も。
全部ーーツインテール
 
「あんたどうしたってのそんなコックみたいな格好して……コスプレは馬鹿っぽいわよ?」
 
キョトンとした声が響く。
そう、そうだ、その声がツイン照子だ。
時を経たとしても僕という存在を認識してくれる。僕が年をとっても僕だと信じてくれる。
 
「ど、どうしたの泣きそうな顔して」
 
僕は泣いていた。
 
その日、エビフライはただの食事へと戻った。
全ての人々はツインテールを取り戻した。
教科書になんて書こうかと役人は頭を抱えていた。
だけど人々の記憶がそのことを忘れないようにと、不思議な情報を残したのだった。
そう、それはーーーー
 
《完》