えのログ

人生五里霧中

腰を振るとマリオのコインが出る世界は本当に楽園なのか問題

タイトルの通り、腰を振るとマリオのコインが出る世界は本当に楽園なのか考えたい。

 
マリオのブロックを叩くと出てくるコインはめっちゃすごい、最高。
無からお金が生まれているような感覚があるからだ。
コイーンだか、チャリーンだか、ポイーンかは学閥が出来るほどの議論がされているがこのブログではコイーンということにしてほしい。
 
とにかく、腰を振るとそれに合わせてコイーンとコインが出てくる。腰を振るとコインが出てくる。当然100枚集めると1UPだ、残機が増える。
皆、そんな世界は楽園だという。
 
でも本当にそうか?
 
そのことの話をするために、僕と腰振 悟(こしふり さと)との話をしようと思う。
 
最初2000年代初頭に腰を振るとコインが出ることが発見された時、誰もがビジネスチャンスだと思った。
なにせ無からコインが出てくるからだ。右も左も老若男女、大なり小なり腰を振った。
コイーン、コイーン、コイーン。
けれど、世の中は変わらなかった。コインというのは形を持った幻想のようなもので、持続しない。
夢のようなものだった。
 
腰を振る、コイーン、腰を振る、コイーン、それは一瞬であっという間にコインはどこかへ行ってしまう。
FCやSFCのマリオを思い出してほしい、コインは消えている、消えてしまうのだ。
 
だからこそ精々中高生が
 
「コインだコインだ!」
 
と笑い転げ腰を振る程度のものだった。いやめっちゃはまる時期があるんだ、ほんと。
ゲームセンターでもメダルゲームのメダルの代用をしようという流れがあったがあまりの持続時間のなさにオジャンになってしまった。
コインを一定時間いないに100枚以上にすると1UPしたけれど、現実的にその回数の腰振りをできる人材はごくごく一部で、しかもそれができる人たちはいかがわしいDVDの出演者だったりしたものだから、世間的には黙殺されていた。
無いようなものだった。
 
だけど、それでもそこに一石を投じた人がいた。
それが腰振だった。
 
腰振と僕は大学時代の友達で、腰振りコインに並々ならぬ執着と、情熱を持っていた。
僕はそんな腰振に憧れに似た感情を持っていると同時に
 
(えのきはこうなれないな…)
 
と引いてもいた。
 
大学四年の夏、僕が諸事情で教員になるのを諦めて就活をしている時だった。
僕は周りの就活から相当遅れていたので結構焦っていたのだけど、腰振も内定を持っていなかった。
 
「腰振りで食っていけないかと思っているんだ」
「現実を見ろよ」
 
昼食を取りながら中高生みたいな理想を語る腰振に僕は少し嫌な気持ちになっていた。
内定も無いのに夢を語る人に自分が抱えている現実をぶつけたくなるような感覚だった。
 
「だいたい腰振ったってコインはきえるんだぜ?」
 
コイーン、僕は学食で軽く腰を振ってコインを出す。
中高生の時はこっそりと練習をして、文化祭で全校生徒の前で腰を振ってヒーローになることを夢見たものだったけど、それでも食っていこうなんて思っていなかった。
 
「いや、ビジネスチャンスなんだと思う」
 
意識高い系だと思った、徹底的に小馬鹿にしたかった。
 
「ちょっと見てて」
 
そう言って腰振が立ち上がり、腰を振った。
風がーー吹いた。
 
ーーーーココココココココイーン!
 
刹那の出来事だった。
僕は大学時代まで、誰も見たことがない速さの腰振りを、見た(いや正確には見える速度じゃなかったのだけど)
 
僕は涙が出ていた。きっと僕は憧れていた。
HUNTER×HUNTERで、ネテロの正拳突きを見て観音様を見た人の気持ちはこんなものだったのだろうと理解できてしまった。
 
「ええ、お前、ずげえよ…なにそれ……」
 
学食で、号泣した。
序盤「ケッ、こんな青春あるわけねーだろ」と茶々を入れながら見て、結果嗚咽をもらすぐらい号泣したアニメ時をかける少女を見た時並みに不覚の号泣だった。
 
「馬鹿にされるかもしれないけど子どもの時から考えてさ、腰振りで食いたいって」
「出来る、出来るよ…」
 
僕には方法も、需要も分からなかった。ただ、スティーブ・ジョブズがあらゆる人々を口説き落としたように
「これは何かあるかもしれない」と思わせる腰振りとコインだった。
 
「プランはあるんだ、受け入れてくれそうな会社も、正直見つかった。回りくどい話だけどつまり、内定出たんだ」
「すげえよ…おめでとう…」
 
また一人友人に先に内定を決められた焦りや悔しさが全然なかったかというと嘘だけど、
それを無視できるくらいの腰振りの衝撃と、それが実現するかもしれないという夢に僕は震えていたし、祝福したかった。
 
「ただ、不安でさ 」
 
いつも大学で単位を平気で落としていた腰振とは思えない弱気なトーンだった。
 
「なんで?内定も決まったしやりたいこともできるんだろ、腰振り放題じゃん」
「うまくいかなかったらどうしようって不安でさ」
「いけるって!全然保証できないけど今の腰振ったの本当すごかったって!」
「じゃあさ、えのきも一緒にウチの会社に来てくれない?」
「え?」
 
腰振りは大学時代ずっと腰振りをビジネスに出来る会社を探していたらしい。
行き着いた先はベンチャーというほどではないけどチャレンジによる急成長に賭けた中小企業だったらしい。
ずっと前から種蒔きしていたものが、ここ最近で急に呼ばれて芽吹いたってことだった。
ーーそして、気の合う人がいたら連れてきて良いと言われたと。
 
「一緒に、腰振りをビジネスにしてくれないかな」
 
胸の奥の方で、湧き上がるものがあった。
 
「やるよ、俺内定出なそうだしさ」
「これで内定者だよ」
 
景気付けに腰振はまた腰を振った。
 
ココココココココココココココココココココココココイーンーー本当に、景気の良い音だった。
 
それからは卒業だとか、入社だとか、全部過程でしかなくて、あっという間だった。
 
腰振が目をつけていたのは教育業界だった。
だから教員免許を取っていた僕に声をかけたのだろう。
 
1UPキノコって絶対子どもたちに必要なんだよ」
 
コインを間近で受け、100枚を越すと1UPキノコになる。
つまり、間近で腰振りを100回以上見ると、残機が増えるのだ。
 
学校現場はリスクばかりだと腰振は言った。
体育や部活、運動会の団体競技とか丁度世間でも物言いがあったころだった。
保険のように、残機が必要な時代がやってくる、というのが腰振の理屈だった。
 
腰振はサービスを提供する腰振師兼業務管理者、僕は営業の真似事をやることになった。
 
相手は役所だった。
教育委員会へ腰振1UPキノコと称したサービスを展開していった。
役所なので直接売れるものではなく、入札になるがそもそもサービスを知ってもらわないことには何も始まらなかった。
役所が主導で「この腰振1UPキノコを入れよう!」と言えば、
競合がいない以上うちのサービスが売れると踏んでいた。
 
だけど、現実はとても厳しく辛いことの連続だった。
 
僕は大学を卒業したばかりで社会のことは右も左もわからない中で、
売ろうと訪問を繰り返す。
飛び込みだってやった。無名の僕らがアポイントを取ろうとしても聞いてもらえないことが多かった。
 
サービスの魅力を伝えることはとても難しい。
僕は腰振の技術を持ってすれば一瞬で売れると、甘く考えていた。
 
 実際のところ、いくらサービスが良くてもいきなり役所で腰を振ろうものならば
 
「アポを取ってくれ」
 
と締め出されるのがオチだった。
 
ーーそれに、国を相手にするのは慣習を相手にするということだった。
 
「ええ?だってさ、今までなかったでしょ、残機なんて」
「ですけど、これからの時代子供達にも残機が……」
「無理無理!そんな予算ないんだから、忙しいし帰ってくれる?」
 
人間すべてが仕事に情熱を持っているわけじゃない。
腰振がいくら学校の教育に情熱を持っていようと、それだけの情熱を役所の人間が持っているとは限らない。
仕事は、惰性で済まそうと思えば何も変化がない道を選ぶことが多かった。
 
「ちょっとさ!窓口で腰振るとか常識ってものがないの!?」
「お願いします、本当に、本当にいいサービスなんです!」
「知らないよそんなこと!もう帰ってくれ!」
 
僕は虚しさを感じていた。
毎日のように腰振は泣いていた。理想が強い分、腰振にとって、それはとても辛いことだったのだと思う。
 
だけどある日、転機が起きた。
 
記憶にも新しい文部科学省の大幅予算追加だ。
目的はーー子供達に健康向上という国の政策のためだった。
そう、捉え方によってはまさに僕たちの腰振り1UPのためと言って良い予算だった。
だって腰振りができれば子供達の残機は増えるのだから!残機があれば万が一のことにも対応できる!
ネットの匿名掲示板とかでは「血税の無駄遣い」とか言われていたけれど、
僕と腰振は抱き合って喜んだ。
 
「えのき、これはすごいよ!残機制の夜明けだよ!」
 
腰振は涙を流して喜んでいた。その眩しさに、僕は引け目を感じるくらいだった。
 
それから飛ぶように腰振り1UPキノコの契約は決まっていった。
 
一部の教育委員会では
「健康増進のための残機制の導入について」
といった検討会まで発生していた。
 
まさに腰振の狙いは当たったのだ。
多くの会社が真似をして、腰振 師を雇おうとした。
 
ーーしかし、僕たちの勢いに勝てるものはいなかった。
 
すでに業界の半分以上のシェアをスタートダッシュで握った実績と、
デモを見たものを涙させる腰振の腰さばきは契約につぐ契約を生み出していた。
僕たちの世界は一瞬で好景気へと姿を変えた。
 
まるで、バブル時代みたいだ。
そう、僕は思った。
 
ある日のことだった。
 
「ここのところ毎日働きづめみたいじゃん」
 
オフィスで疲れた顔の腰振に声をかけた。
エリアの拡大により、腰振り1UPキノコの営業は僕だけではなくなっていた。
同時に腰振は現場での腰振師だけでなく社内の腰振師育成のためのインストラクター業務もやるようになっていた。
それだというのに腰振が飛び抜けて良いものだから、学校現場からのリピーターがとにかく多くて、増員をしても腰振の業務量は増える一方だった。
 
大学時代はとても近くに感じていた腰振との距離が、開いている気がしていた。
理想に近づいているはずなのに虚しさがある、そんな毎日だった。
 
「えのきじゃん、久しぶり!ここのところ出っぱなしだったから話せて嬉しいよ」
 
腰振の顔が少し明るくなった。
ちょっとした挨拶程度だったけど大学時代を思い出して、僕も気持ちが楽になったりした。
 
「どうなん最近?サービスは拡大しっぱなしで業績もかなり良いっぽいけど」
「うん、腰振1UPキノコはどんどん受注している。今日も一件放課後の腰振り回があるんだ」
「うえ、放課後もあるのか、大変だな」
 
学校現場の時間は流動的だ。
朝の学活の時間は9時前からあるものだから、サービスを受ける学校が朝に来てくれと言われれば定時前でも8時には学校に行って、腰を振ったりする。
だから、腰振はたぶん朝も夜も働きづめだったのだと思う。
 
ーーそう、この時に僕は腰振を止めておくべきだったのだ。
 
「あんま無理はしないように頑張ろう」
「そうだね、えのきも気をつけて」
 
僕は早々に会話を切り上げて、自分の仕事に戻ってしまった。
 
僕は少し腰振に劣等感があったのかもしれない。
ある程度仕事に慣れていたものの、ベテラン営業マンが続々と参加して、
僕でなければいけない仕事は腰振り1UPキノコに存在していなかった。
腰振と違って、僕は代替可能な存在だった。
 
だから、嫉妬してしまった。
 
腰振のサインに気づけたはずなのに、見なかったことにしてしまった。
 
そうして、その時はやってくる。
 
「えのき君知ってる?」
 
同じ営業部署の先輩が僕に当たり前のように話しかける。
 
「腰振りさん、辞めるんだって」
「えっ」
 
ギックリ腰、そんな冗談みたいな理由だった。
腰振は入社3年目、まだ25歳だった。
 
その若さでギックリ腰? 嘘だろ?
 
そんな言葉が自分の脳内を駆け巡る。
だけど、次第にそれは現実だと思えてきた。
腰振の腰振り速度は群を抜いていた。
そして、正確で、美しかった。
 
コココココココココココイーン!
 
あの澄んだコイン出現音は、腰振にしか出せないものだった。
そして、僕はそれに憧れていたはずなのに、失ってはいけなかったはずなのに。
 
それから少しして、
 
『最後となりますが、3年間という短い期間でしたが、
 皆様本当にお世話になりました。
 腰振りからは離れますが、少しでも子供達の教育を支えていけるよう今後も頑張っていきます!』
 
という結びの全社員への退職を告げるメールが来て、腰振は本当にやめた。
僕は、何も聞けなかったし、何も聞いていなかった。
きっと、腰振も僕に話すことが嫌だったのだろう。
 
会社はあっさりと腰振をてばなした。僕たちのやっていたことはそんな代替可能なものだった。
あれだけ腰振が情熱を注いで取り組んだのに?
 
ーー泡沫の夢だった。
腰振が稼いだ残機は世の中という地獄に奪われていて、腰振には何も与えなかった。腰一つ治せなかったのだ。
 
僕もしばらくして会社をやめた。
もともと腰振に魅せられて、ついた仕事だったし、何かがプツンと切れて、
何もやる気が起きなくなってしまった。
 
腰振は、もういない。
 
だけどどうしようもなく時は過ぎていって、
気がついた時には新しい仕事についていて、それにも慣れて、
僕は30代半ばに差し掛かっていた。
 
『大学の人たちで同窓会やるけど、どうよ』
 
大学時代の友人から誘いがあった。
僕はだいぶ大人になっていたし、仕事と自分の気持ちの距離に良くも悪くも慣れていた。
だから、万が一腰振と会ってもきっと笑って過去を適当なことにできると思っていた。
 
* * *
 
同窓会当日、少し豪勢な居酒屋でワイワイしていた。
懐かしいメンツとも顔合わせできたし、中々に楽しく、仕事の付き合いではない楽しい飲み会というものを感じていた。
 
そしてーーその時は来た。
 
「ごめんなさい、すっかり仕事で遅くなっちゃって」
 
心臓が締め付けれそうになった。
声を聞いて一瞬で誰だかわかった、自分の時が急に学生時代に戻った気分だった。
 
「えのき、久しぶりだね」
「腰振……」
 
いろいろな言葉が溢れてきて、僕は泣いていた。
あの時、学食で腰振の腰振りコイン音を聞いた時みたいに。
 
「言いたいことはわかる、わかるよ、ごめん。本当にごめん。あの時は急に仕事をやめて……」
「ちが、違うんだ、ちがう……」
 
声もまともに出せなかった。
ただ、急速に僕の中で伝えたいことが溢れてきて、僕はちっとも大人になっていないことを知った。
周りの皆がどよめいている。
腰振だけが僕を冷静に見つめている。
 
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、僕はようやく言葉を続けた。
 
「ありが……とう……」
 
ありがとう、あの時誘ってくれて。
ありがとう、あの時夢を見せてくれて。
それなのに僕は何もせずにいた罪悪感、助けられなかったし、何もできなかった。
そんな懺悔と、それ以上の感謝だった。
 
「うん、うん……ありがとう、私もえのきが付いてきてくれて、本当に良かった。そして、巻き込んだのに、ごめん」
 
止まった時が動き出した。
 
「仕事も新しくしていてね、何から話したら良いんだろう。いっぱいあってわからないな」
 
同時に、どうにもならないことがあるのも、理解していた。
涙が晴れた視界でそれを知って、思わず口に出した。
 
「結婚、したんだね」
「そうなんだ、実は」
 
腰振の手には指輪があった。
彼女は、結婚していた。
時は流れていく。僕は年月の重さを噛み締めた。
だけど、自分の心は驚く気持ち以上に清々しかった。そして、驚くほど簡単に受け止め切れた自分がいた。
当時、腰振に憧れていた感情がなんだったかはもうわからないけれど、
あの日たしかに、僕を仕事に誘ってくれた日は大切なものだった。
 
「いろいろ聞きたいことばっかだ、仕事も、結婚も」
「順番に話していくよ、時間はたっぷりある。ちょうど仕事終わりで、仕事道具も持っているしね」
 
そう言って、彼女はカバンから甲羅を取り出した。
 
「亀踏っていうんだけど」

ーー1UPの音が鳴り響く

 

 
《完》