えのログ

人生五里霧中

再掲しよう、そうしよう。アイマス×二郎SS『ニュージロシュピーゲル』

以前身内で小説コピ本を作った時のものを一部ブログ用に修正して再掲。コピ本は元データどこいったか覚えていない&身内で作ったり頒布機会がないので再販は永遠にないと思う。
当時ゑのきがシュピーゲルシリーズを読んでいたのとデレマスがアニメ化したのとやたら二郎に通っていたため書いた。
タイトルは『ニュージロシュピーゲル』死んだほうがいいな……
というか2015年ってめちゃくちゃ前ですね……出したの去年ぐらいのつもりだった……
今読むと色々拙さが目立ったり影響モロに受けすぎだろと色々ありますが、ご容赦ください……
以下本編

 

 そのラーメン屋は燃えていた。
 
 吹き上がる熱気――店より溢れ出る炎/焦土と化す大地、その乾きに漬け込む粘り気ある油/その滑る地面とは逆の人々の心の荒廃。
 心の飢えがその足を動かし自らをその煉獄へと歩ませる――その日、世界は滅びの絶望に抱かれていた。
 
 むろん物の喩えである。
 
 二千十五年――むせかえる暑さの八月半ば――メー・デー
 気温三十度――例年通りの暑さ――しかしそれがそのラーメン屋の周りでは体感温度は四十度を軽く越す炎上酷暑たる"真夏"。
 そんな中で心の"乾き"を満たそうと一人の少女が道を歩いていた。
 
「なんでこんな遠いんだろ……」
 
 熱を保ち、増幅させ続ける地獄たる地面を踏みしめる少女――その顔は涼しげでありながら汗がにじむ。
 暑さとは対照的な涼しげな顔/しゅっとした目――地面の滑りとは別物と理解できる艶やかな黒髪。
 黒を基調とした制服姿/小さな丸いピアス/羽織ったベスト――その黒を基調とした彼女の全てが殺戮的ともいえる日光を吸収し、絶望的な体感温度を演出/めちゃくちゃに暑い。
 若さの顕在と形容できる肌から溢れ出てくる汗――頬から首へしたたりワイシャツへ染みてまとわりつく/足を踏み出すたびにその感覚を理解/背中にまとわりつく感覚が特に不快。
 
 ダンスの時の爽快感を伴った暑さとはまた別のしんどさ――なんで私はこんな暑い思いをしてラーメンを食べようとしているのだろう。
 
 レッスン後にシャワーを浴びたのが早速無駄になっている/カバンの中からミネラルウォーターを取り出し飲みだす/逡巡して一口だけに抑える/今空腹を誤魔化すのは危険だ。
 涼しげな表情を作り心頭滅却すれば火もまた涼しと思うも役に立たず――学校の勉強などたいして現実の圧倒的理不尽には勝てないのだと高校生特有の屁理屈で気分を誤魔化す。すこし気分は晴れた――しかし、暑い。
 
「これより熱くなれるなんてあるのかな……」
 
 少女の呟き――不平ではなく憂い混じり。
 手に持ったペットボトルをカバンへ。
 道を確認がてら制服のポケットから取り出したスマートフォン/それについた可愛らしいキャラクターたちのラバーストラップがひらひらと踊る――『NEW GENERATIONS』 ="彼女たちの新しい時代が始まる"の願い付き。
 道を再度確認し、歩を進めて、ポケットの中に再びスマートフォンを戻す=電池があまりない。
 歩き始めて早二十分/"空気"が鼻腔を刺激するのを知覚――細身の印象の彼女の体内では好奇心と心臓/肺/胃/各種臓器が反応しどくどくと脈打ち、健康という観点からは到底考えらないラーメンを求め始める。
 万が一プロデューサーにばれる可能性/仲間に叱られる可能性――ぎりぎりセーフ。
 
 夕飯抜くし大丈夫だよね。
 
 これから待つのはきっと至高の食事時(ロットバトル)――体は食事前の第一種警戒待機中。
 今日はすでに開店からしばらく経過しているのもあって、学生/リーマン/ふくよかな主婦/がっちりとしたスポーツマン/住所不定無職――大盤振る舞いの客の行列。
 皆待ち望む――狂宴/共演/闘争の悦楽を味わうがための待機時間。
 
 これからのことを予感しながら少女――渋谷凛は並び出す。
 
 これまでインスパイアでは慣らしてきた――稀に行くレッスン後の贅沢な食事/日々の生活のスパイス。
 日々のレッスン/繰り返すミニライブ/自分たちの営みにいまいち成果を実感しにくい現状――そして再びレッスンの日々。
 不満があるわけではない/嫌なことがあるわけではない/希望を持っていないわけでもない――これからを期待していないわけがない。
 ただ、マンネリを感じるだけ――そこで刺激としてのどか盛りラーメン。
 
 しかしそれですらレッスンによる運動量/ラーメン前の食事制限/空腹の凛の前には無力。
 すでにインスパイアでは刺激にならぬ――さらなる境地への渇望。
 
 もっと、もっと刺激が欲しい――テレビから流れる声がした。
 らあめん/ただの食にあらず/日々探求/精進/永遠と続く道/ヒトそのもの/文化/進化/可能性――語られる圧倒的なラーメンという食の"力"。
 それに心を奪われた、喉を唾液が通過するのを感じる/体が"それ"を求め動き始めるのを覚えた――真の目覚め。
 
 それが――始まり。
 
 それまで食していたどか盛りラーメンはその意味合いを変えた/それまでの生活の乾きは消えた――そしてここにいる、突き動かされる欲求のままに、渋谷凛はここにいる。
 賽は投げられた/扉の開く音、出てくる客の顔は満足感に満ちていて大粒の汗がしたたり光を反射させる。
 
 数人の男たちがほぼ一斉に退店=美しくロットが消化された証――渋谷の口元がニヤリと歪む。
 これまでのまがい物(インスパイア)とは違う本当の二十郎/その鼻腔をくすぐるニンニク/アブラの香り。
 生と死を分かつのはそこに存在する「食らう」という意思のみ。
 
 久々に来た――と思った。忘れかけていたものが蘇ろうとしている。今まさに自分は十全に生きていて、これこそが生/闘争/鍛錬/人生なのだと――実感していた。
 体が震え上がる/武者震い/それまでの暑さなど意に介さないほどの高揚感/先ほどまでの頬を伝っていた汗すらも今は愛おしい。これから自分はたしかに実感するのだ/これから自分は戦いを実感するのだ/これから自分は生命を実感するのだ。
 
 しかし、同時に渋谷に迫り来るものがあった――そしてそれは、きた。
 入店、その直前に背後/渋谷の真後ろから迫り来る威圧感。
 それはたしかにかつて感じ/恐れ/焦がれた者――四条貴音、テレビでみたアイドルがそこにいた。
 
 夏物のブラウスをきてこそいるものの当人の持つオーラは顕著。
 戦慄/それまではかけらも感じていなかった威圧感/行列の中一切の気を発さず、声を出さず、存在を消してそこにいた。
 そして今――この圧倒的なプレッシャー。
 燃え盛るほどの熱量を誇っていた夏の日差しすら既に生ぬるく感じる/それどころではなく凍えすら覚えるほどの感覚――これほどまでか。
 
「あんたが……四条貴音?」
 
 声を絞り出す/自分で意識した以上に出ない声量/声がアブラで詰まったかのような感覚に自分が既に飲まれているのではという危惧。
 
「もうだめぁ……おしまいだぁ……」
 
 情けない声が聞こえる/渋谷の声は遮られる。貴音の傍に立つ男、渋谷が一瞥するとそれは最近流行りの若手タレントだった。どうも様子を見るにこれはロケの一環のようだった。
 ああ通りでそれまで何の威圧感も発さなかったわけだ。
 そう渋谷は納得する。新宿から電車を乗り継ぎ、郊外であるこの地までやってくるという労力を放ち長い距離を歩く。
 決して楽ではなく/近くもない――それがこの二十郎――野狼街道店。
 
 扉の隙間から迫る香り。その芳醇さだけではなく特筆すべきは量――殺人的_ヤサイ/メン/豚。
 その猛威を振るう戦闘力に叩き潰された猛者たち――数知れず。
 二十郎を嗜むものならば新参であろうとも存在を知る一つの傑作店(マスターピース)/渋谷はだからこそここをデビュー戦の場とした/選んだ/たどり着いた。
 
 大方この店のロケにこのタレントも混ざるような仕事だったのだろう。これがどれだけの地獄を意味するかも知らず/考えず/この後に及んでまだ逃げようとしている――恥を知れ、しかるのち死ね。
 行列の至るところからそのような殺気を渋谷は感じ取る。
 二十郎の通い、世界を構築する者たち/猛者――ロティスト。
 
 その中で一際強烈な存在感を覚えるものはやはり――渋谷の真後ろにあった。
 
「恥を知りなさい」
 
 一言、その一言でタレントの男は沈黙/停止/屈服――再び無言で行列へと舞い戻る。
 怒気を感じさせない言葉/怒鳴る/叫ぶ/強い言葉よりも雄弁に怒りを語るそれ。タレント以外の行列をなすロティストもまた――沈黙。
 そのプレッシャー/渋谷は再び戦慄する。すでに自分は場に飲まれているのではないか、スマートフォンを起動/このような時のために用意しておいたカメラロール――一種の起爆装置。
 
 普段は使わぬ写真類――ハナコ/家族/レッスン場の光景/ユニットの仲間――そしてラーメン。
 それまで食してきたどか盛りラーメン/すべてインスパイア/そこに真はなく/そこに二十郎はなく/ただリスペクトだけが存在/成長/躍動をしていた――微笑みが渋谷に浮かぶ。
 
 そこに至るまでの軌跡/渋谷がここにたどり着いた奇跡。
 カメラロールをスライドしていくすべて、たしかに渋谷が歩んできた道のり。
 すべての行いは今/今日へとつながっている――精一杯輝くだけだ。
 
「もし、前の方」
 
 急に声をかけられて動揺が走る。
 それまで張り詰めた気合がプスン、という感じで途中で弾ける感覚/拍子抜け/調子が狂ってしまう/しぶしぶ言葉を返す。どうせならさっきのタレントを無視してこちらから話しかけておくんだった。
 
「あなた、初めてですね」
 
 見透かされた――経験の違いか/それとも制服姿という身なりか/いや、普段の面々と違うということか/いずれにせよ――その通りだ。
 
「ええ、初めてだけど」
 
 臆してはいけない/飲まれてはいけない。
 瞳を見据る。吹いた風に貴音の銀髪がなびく。その姿は二十郎前だということを一瞬忘れそうなほどに輝いていた。
 
 ”銀色の王女”四条貴音――その生き様/麺を食べる様が彼女に自然とその異名を付与させた。
 
「悪いけど、負けないから」
 
 シンプルな言葉/湧き上がるもの=闘志。その内から生まれ出るものは懐かしく/愛おしく/渋谷の体に震えが起きる。恐れ/緊張/エトセトラエトセトラ――否、そこにあるのは武者震いのみ。
 この熱さ、それまでの日常の停滞感を打ち砕くもの/そして新たな”何か”を生み出していくもの。渋谷が自らも行く道に求めたもの。
 やがてその瞬間が訪れる。再び店の扉が開く。地獄の釜/パンドラの匣/言い方はいくらでもあるこの世の狂気/恐怖の入り口――饗宴が今幕を開けようとしていた。
 入店――待ち望んだ瞬間/その訪れ。店内の誰もが無言――動作=食すこと。統率の取れたそれは唯一の目標を達成するために行動する軍隊のよう。彼ら/彼女たちは闘争の中にいる。あちらこちらからむせかえるようなニンニク臭/あぶらが空気に溶け込んでいるかのような異臭――しかしそれらが食欲を奮い立たせる矛盾/歓喜/空腹!
 
「いい香りです」
 
 無言――すでに渋谷の精神は澄み切っていた。そこにあるものは闘争の意思/純粋な勝利への渇望/これから起こりうる戦いへの歓喜/そして純粋な――食欲。
 全ての一挙一動に体内のカロリーが失われていくのを感じる。足元がおぼつかないのは二十郎特有の油によるヌメリのせいだけではない――これは空腹だからだ。体が/心が叫んでいるのだ――喰らえ、と。
 一人、また一人と席を立ち、あるものは生気/正気を失い、あるものは充足感を腹に得てその場を去る。ここはそういう場所だ/そうでなければならない場所だ。
 そして渋谷に続いて貴音が食券を購入する。その指先が宙で踊る――歓喜に身悶えるよう。
 
 ――チャーシューダブル。
 
 戦慄――澄み切った水面に波紋が拡がるように渋谷に同様が奔る。自らの力量への自信――一切の曇り無し。しかし、それでもなおためらいもせず最上位(チャーシューダブル)の選択/まるで格の違いを知らせるよう。
 見えない意図。しかしその動揺もやがて来るべき闘争への本能的/自律的な渋谷の信念が安定を再始動。あえて浮かべるは――笑顔。
 
「ご、ごちそうさまでした……」
 
 直前の戦列(ロット)が終わりを告げる――賽は投げられた。
 着席――貴音、渋谷、隣り合わせ。
 食券をカウンターに設置/臨戦態勢。否応なく渋谷/貴音と同時のロットの猛者――緊張を漲らせる。
 
「にんにくいれますか?」
 
 ――コール。神の呼び声、地獄への行進/あるいは天国への階段の進行指示――すべて準備完了済み。
 渋谷は小、貴音はチャーシューダブル。しかしそこには不遜/恐れ/侮り/侮蔑――一切なし。
 そこにあるもの――これからの戦闘への敬意/喜び。
 
「「メンカタカラメヤサイダブルニンニクアブラマシマシ!」」
 
 戦いの火蓋が切って落とされる。
 再びしばしの間。着丼までの刹那、最終精神統一段階。
 これまでもインスパイアで体験し続けた間――狂おしく/待ち遠しい時間。その間は確実に渋谷の食欲を増進/唾液の分泌を加速/_胃が音を発しようとするのを意思で抑制――さらに分泌される唾液。
 ちらり、と隣を見るも貴音――平静そのもの。その姿は時が停止したかのよう。神秘性――一切失われず。そこに存在(あ)るカリスマ――テレビなどと一切の遜色なし/それどころか魅力が増しているかのよう。
 
 そして来る時――着丼。
 
 圧倒的な戦闘力を見せつけるその造形、すでにその丼は食事の域ではない。至るところに存在する業/有史以来人間が積み重ね続けた欲望、三大欲求のうちの一つ本質/最終形態――醜悪/凶悪/優美/地上に存在する美。
 先に動くは渋谷。勝利への欲求――否。ただそこにあるものは食欲。目の前にある丼/それを食す自分――渋谷の世界からそれ以外の全ては消滅。カウンターに備え付けられた箸を装備――今ここに存在する唯一の絶対的戦闘兵器。
 眼前に積まれるモノ、狂気を帯びた野菜陣――モヤシ/キャベツ/それらの残骸の集合体。渋谷に握られた一膳の武装/眼前の壁を切り崩す。カウンターへと落下させるような失敗(イージーミス)、一切なし。
 崩れ落ちるかのごとき野菜は落下前に処理/無心に掘り進み/積み上げる先――麺/真髄が存在。
 奪取――もう我慢などできない。口内に未だ熱を帯びた麺が放り込まれる――至高の瞬間。
 
「ッ!!」
 
 ――戦慄。そこにあったものは単純な味への歓喜/失望/絶望/疑問――些細な感情、消失。絶頂に至るかのごとき衝動/思わず口から迸りそうな喜びの叫び。幾億もの挑戦者が散っていったと恍惚の道――彼女が求めていたもの。
 舌に痺れが生じるほどの殺人的/狂気的/享楽的味わい――豚/ヤサイ/麺/ニンニクすべてが一級品。_体内にそれらが侵入した瞬間に核融合が起きるかのような感覚(おお、炸裂よ――!)/すべてがこの戦場を祝福/喝采のような麺をすする/食らいつく音。
 丼からこぼれ落ちるヤサイ――空中でキャッチ/流れるように口へと運ばれていく/コンマ一秒すら無駄にしない動きの存在/渋谷自身がロットの一部と変貌――兵器化、それが二十郎ということ。
 
 絶対的戦闘兵器のさらなる加速。加速(もっと)/加速(もっと)/加速(もっと)――食べたい!!
 箸を握る手のひらの状況への必然的適応――_手のひら/腕/肩/全身が食を最適化。ブロック_体であるかのような豚肉/肉塊を切断/_運搬、頬張る。
 食の喜びに打ち震えながら渋谷、同時に周囲の状況を肌で感じ取る――食欲の先鋭化による感覚の鋭敏化/状況への適応が生んだ人間の可能性。
 渋谷と同様の初心者(ビギナー)/慣れた表情の調停者(ロティスト)/すでに死に体の豚、幾人もの猛者/弱者全てが混在した混沌たる空間――そして貴音。
 軽く箸を握る手と十全に最適化の済んだ動作――一体的連動する腕と肩と腰の動き。彼女の肢体そのものが麺を食すために生まれてきたのではないかと錯覚を誘発。刹那に生まれた発想/常軌を逸した発想に苦笑――しかしどこか間違いではないのではないかと警戒。
 
 貴音の見事な箸さばき/瞬時に豚を解体/優美さを欠かさなずに口へと誘われていく。積み上げられたヤサイを何の障害でもないかのように食らいつくしていく/天地返し――麺の下にヤサイを滑り込ませ麺の伸びる速度を調整する一般技法/一般的セオリーなど無用/王者は行く道こそが王道。
 驚愕――貴音の前の山は瞬きの間に消えていく。
 逡巡――それまでのペースで果たして貴音に勝てるのか。
 否定――これでは勝てるわけがない。戦えるわけがない。
 加速――渋谷が本来適応できる速度を置き去りにするほどの疾走/限界を超越。
 
(この感じ……何か、違う……!)
 
 凛に生じた異変、自ら加速させた箸に宿る違和感――疾走すぎる。
 加速/制御/食/食/暴食――その速度は凛の想定を軽く超越。真価の発揮、自らも認識しえなかった可能性。
 疑問――なぜこれほどまでに食が進むのか。普段の食欲を上回る衝動、爆発的な食速。眼前から消えていくヤサイ/ブタ/麺それらは知覚を粉砕し、直接渋谷の脳の中核へと感覚を爆撃。
 
 ――美味い、と。
 
 食欲の増進/爆速/全身の細胞一つ一つが稼働し熱を生産/周囲もまた爆速/店内の熱気が最高潮に加速。
 しかし、それでもなお渋谷の加速の顕著。やがて食を進めながら生まれる仮説。
 
 ――アブラ。
 
 一見すると食欲を減退させる要因の一つ/しかしこの異常な環境が人をまた新たなる競争環境へと適応させる――そしてその最たるものがここにまた発現。人は白米だけに食を進めるにあらず――故にアブラは食を加速する要因であり必須条件。アブラ/体に浸透/駆動/山は切断/分割/口への運搬。人の胃を加速させるモノ/それは空腹/美味/味の濃さだけによって構成されるものにあらず――アブラ。
 やがて食の連鎖は渋谷に思い出させる/日々の戦場/模造品でありながら至高の一丼。
 日々通い詰めたそれ/ポン酢によってさっぱりとした味付けでありながら破壊的なヤサイにより築かれた牙城。日々戦い/打ち倒し/制圧しつくした渋谷のホームグラウンド。そこに"慣らした"胃は確かにいま始動していた。
 
 『NEW GENERATIONS』 ="彼女たちの新しい時代が始まる"
 
 渋谷の胃を絶え間なく攻め続けるアブラ/押し寄せる快感/苦痛――それが更なる速度を生産。
 
(――いける!)
 
 疾走、遥か彼方に競合相手たちを置き去りにする感覚。全ての麺が児戯に映る全能感/優越感/勝利への確信――刹那、寒気が渋谷を襲う。
 世界の果て/日頃決して目の届く範囲ではないカウンターの向こう/そこに佇む化身/麺の申し子/ロットの長/銀色の女王――四条貴音
 
「ろっととは……」
 
 ゆらり、世界の胎動。確実な連結/それは世界の意思との接触/二十郎=アカシックレコード
 渋谷に戦慄/何か、違う。何が起きているか理解のできぬ事態/貴音にまとわりつく威圧感/世界の果て=カウンター越しであっても感じるそれ。
 箸の動く速度――一定、あくまでも食を楽しみ、自らのペースを乱さぬその美技/故に速度、渋谷に及ばず。
 貴音の冷静さ=一定のプレッシャーとなって渋谷を襲う/振り切るように加速。
 渋谷の両サイドの男/成人男性の容貌/一人は痩せ型長身/一人は肥満体型。本来ならばホームグラウンドとして活動していたであろう中堅ロティスト。
 
 中心の渋谷のペース――圧倒的/脅威的/驚嘆すべきそれ。
 痩せ型――いともたやすく自らのペースを乱され自爆/残された矜持により嘔吐を抑圧/出口へと駆け出し転倒。店外に転がる骸の一つとしてリタイア。
 肥満体型――完膚無きまでに叩き潰されるプライド/渋谷に速度にいともたやすく戦意喪失。彼の築き上げたヤサイの城をただ切り崩す敗残兵。
 
 周囲のロティストもまた渋谷の速度に戦意を喪失。各々の速度で処理を行うばかりの敗者たち。
 歓喜/渋谷のスピードに終焉は存在しない/存在するものは食への喜びのみ。しかし――なおも視界には映り込む貴音。
 表情=冷静そのもの。ペース=依然、変化なし。動揺=一切なし。
 
 疑惑――この女に焦りいう感情は存在しないのではないか。
 疑惑――何か必勝の策を隠し持っているのではないかという思考。
 加速――自らのスピード、食は冷静そのもの――欠片もブレることのない完全性。
 眼前――すり減り続ける牙城/圧倒的なまでの速度。
 偽証――今の自分は欠片も満腹感を得ていない――言い聞かせる/自己暗示。
 妄念――これはハッタリに違いない。貴音は必ず焦っているのだ。
 侵犯――考えの転換/自分の優位は絶対に揺るがないという至高の突破点。
 圧縮――胃袋の中の存在を腹筋の稼働により強制的にその大きさを強制縮小。
 到達――箸が丼の底に接触/戦いの終わりの始まり。
 
 しかし、なおもまとわりつく不快感/拭えない不安。アブラは加護/敵にあらず。うっすらと貴音に浮かぶ笑み/微笑/嘲笑/真意の見えぬ笑み。
 
 何かが違っている/一体何が?/丼に浮かぶヤサイを見ても疑問――解ける気配、無し。
 コールタールのごとき_油膜を生み出すほどのスープ/その深淵さは母なる海を彷彿/二十郎の深淵さは常人の理解に及ばず。
 
(まだ……何か……)
 
 すでに渋谷はデザートの域/デザート――_ラーメン以外を提供することのない二十郎において存在し得ない極北/しかし人体/味覚はそれすらも補正。
 スープに浮かぶアブラ/箸で掴めるほどのそれ/それらをじっと見つめ水を一口に飲み干す/箸でアブラを掬い口へと運ぶ。
 舌でアブラを転がした刹那/口の中に広がるは芳醇/濃厚なアブラの味――これこそが甘み、二十郎におけるスイーツ。
 日常の食後では決して味わうことのないそれ/闘争の果てに/化学調味料により味覚を粉砕/崩壊させた先にこそ獲得する甘み――全てを祝福するかのよう。
 
 勝った――それを確信できる味わい。喉をぬるり、と通り抜けるアブラの塊の違和感すらも愛おしい。
 
 だが、直後に知覚する店内に充満する空気がその余韻を雲散――誰一人祝福の視線なし。
 恐れ/敵意/絶望の視線こそあれど渋谷への祝福――一切なし。
 
 何故――疑問を抱えたままに丼を返却/カウンターを付近で磨く=当然のマナー/自然の動作を行い店外へ。
 自らの重量に加算される二十郎/心なしか体が重いのはそれだけではない。疑問=自分は何を間違っていた?
 あの店内において渋谷は自らを絶対的な勝者と認識/周囲とのズレ――満たされぬ心情/渇望=答えを知りたい。
 店外に待機/店内を観察――やがて見えてくるロットの真なる流れ。調和――その言葉こそ真実/各々が思うままに目の前の存在を喰らい/各々が自らの枷を外しながら/各々が突出するのではなくただ一つの存在を形成。その過程/激戦に次ぐ激戦――しかしなおロットはその姿を形作る。
 
 ロット上における闘争/それは蹴落としあうことではない/自らが上へ進撃/それに続き流れを形成/最後の数名は同時に丼をカウンターへ返却――高め合いなのだ。
 自らの過剰加速によりロットを崩壊――誰一人ついてこれぬ圧倒的戦闘能力――それが仇となった。
 
「やはり満足できなかったのですね……」
「四条、貴音……」
 
 知らぬ間にうつむいていたのだろう。目の前からの声の主の接近を欠片も意識していなかったことを声をかけられたことにも気付かなかった。
 銀色の女王/調停者(ロティスト)/今宵、自らの眼前に存在した宿敵。その視線=総てを理解しているかのような慈愛――総てが渋谷に痛感させる視点。
 
「ろっと、それはただの速さを競う場ではありません。自らを高め合う鍛錬の場、至高を追い求める探求者の場」
 
 無言=渋谷は総てを肯定する/総てを悟っている。
 探求者=眼前の存在にこそふさわしい。
 
「過ちは責めません。あなたはただ全力を尽くしていたのですから」
 
 慈愛――それにより渋谷、決壊。
 
「何言ってるの……」
 
 渋谷の返答/込められた憤怒=ロットを理解していなかった憤り/自らの行為への後悔/それを許す目の前の存在への衝撃――総てが自らへの敗北感を強調。
 
「戦っていたからですよ、カウンター越しに対峙したのならわかることです」
 
 返答=実にシンプルな一言――渋谷が理解に及ぶ前に返答。
 
「何か指針を、自らを突き動かす何かを求めてきたのでしょう」
 
 見透かされた感覚――羞恥心に顔が熱くなるのを知覚。
 
「だったら……!」
 
 なぜ自分に声をかける――渋谷の憤慨。増長/加速/失敗――それが今のロットの総て=渋谷の失敗という結果。
 
「二十郎とは……そうではないからです」
 
 悲哀/感傷/何かを伝えたいという声色。
 
「ただ目の前の存在を胃に抑え込む。自らの力量を誇示する。豚や野菜を自らをなす原動力へと変換するだけの"作業"を行うのならば私たちが二十郎にくる必要などきっとないのです」
 
 "たち"自らも含まれた言葉と認識――渋谷の視線が貴音の両目へ移行=偽りなき熱意の宿りし瞳。
 
「速度、それはたしかに一つの指標です。ただ起源はそうではないはず」
 
 起源――考えもしなかった言葉。
 
「……なんのこと」
 
 虚勢――すでに貴音が言わんとすることを心の奥底で理解=ロットを挟んだ以上その内心を話すまでもなかった。
 
「二十郎を早く食べるという思考。そしてそれを競いあおうとする姿勢。それはただ一心に回転率を上げるため」
「……」
 
 無言=渋谷の苦虫を噛み潰したような顔/貴音への憤りなどではなく自らの行動への後悔/憤怒/過ちへの念。
 
「ただ一人でも多く、皆が少しでも早く、二十郎へ至らんとするための戦い。馴れ合いなどではなく自らの理想を周囲へ、世界へ、宇宙へと広めんためのただ純粋な思いから生まれた行為」
 
 それ故の速さへの拘りの誕生――ロットバトル。心身を崩壊させる行為/再生への始まり/自らの弱さに打ちひしがれる瞬間/一つ一つが有機的に絡み合い人生を描き出す。
 
「それが、二十郎を、らあめんを食べるということではないですか……?」
 
 微笑=渋谷の返答を待たずに踵を返す。答えは無用。貴音の後ろ姿は二十郎を経る以前よりも強く輝きを帯びる。
 
「ラーメンを食べる、ということ……」
 
 ――何かか今以上に熱くなれること。
 乾き=渋谷の_内に存在し続けたもの。荒野のようであった心象風景/アブラが行き渡り静かに駆動を開始。
 新しい"何か"が再び胎動するのを渋谷は感じていた。
 
「いつか……もう一度」
 
 より強く/より熱く/より早く/より美しく更なる先を求めて人々は二十郎へと集い/打砕き/破れ/涙し/笑い――繰り返される入店/退店の輪舞。
 また一人、真に魅せられた。
 
「次は……まけないよ、絶対」
 
      * * *
 
 挑戦者=それは決して途絶える事なき欲求の本流/濁流/横溢。
 そして、新たな挑戦者が一人。
 
「へー、ここが『二十郎』ってやつなんだねえ」
 
 外に跳ねた髪型/制服の上にラフに着こなしたピンクのパーカー/表情はハツラツ=本田未央
 
「今日はこの瞬間しかないし……二十郎だっていいよね」
 
 夕暮れの終わりを告げる第二開店時間=夜の部。奇しくも渋谷と同日来店――欠片も示し合わせ=無し。
 再び戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。

《完》

 

 

 

 

間違いなくここら辺の影響だった。慣れるとするする読めるクランチ文体とゴリゴリのシナリオは読み応え抜群なので是非。

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