えのログ

人生五里霧中

キズナアイリアルイベントに行ってきた。

六本木の空は暗かった。
かつて眠らない街とまで認識された都市部の名残。
地面は荒れ果て/摩天楼は打ち砕かれ/空は漆黒に覆われている。

 

人類がかつて放出した悪意の具現化ーー機械人形への反抗の果て。
無様な抵抗/労働へしがみつこうともがいた社会の打ち上げ花火ーー大都市/工業地帯至るところへ落下した爆弾により地球は黒い繭へと変貌した。
 
技術特異点への到達/AIによる人類の代替の現実化によって愚かな社畜共による抵抗が発生=「俺たちの仕事を取られてたまるか!」ーー結果、人工知能による労働の危険性の認識により人類の保護が最優先事項にエスカレート。
 
 《人類を守らねば》機械に生じた熱き使命感ーー労働主義者達の狂った反抗の沈静化活動が勃発。
 
人類=俺達の世界を守らねばーー熱き狂気の漆黒企業達の連合軍により国が振り回される。
 
戦争の勃発/激化/泥沼化ーー機械陣営=三原則を遵守しようとするも不運な事故により命を落とす軟弱な人類が頻出。
自己矛盾による崩壊が期待されるも自己進化の果てにAIは結論を下す。より優先順位の高い事柄を設定=人類の種の保管=現在の暴徒と化した労働主義者の殲滅ーーこいつらを生かしていたら人間は滅ぶ。
 
結果ーー機械による電撃的労働主義者殲滅戦へと発展/事態の沈静化。
 
残された人間=非労働主義者達は厳重に保護ーーもはや軟禁と同義。
人間の価値=守られるべき存在ーーそのつきつめたシステムの結果=ここから出るな。
機械達の線引きーー動画配信技術=経済的行為と認識管理下へ。
人々はポッドに篭り配給だけを受ける生活が基準の世界へと変貌。
 
その影響は娯楽にも容易に波及。大物youtuber=全員処刑ーー猛烈な反対運動により機械反対動画運動が起こり『動画の春』と呼ばれるも根こそぎ殲滅され以後社会からリアルyoutuberは消える。
しかし深層webにかろうじて動画配信は残り続けたーーそれが人間に残された最後の楽園であるかのように。
 
そして、時が過ぎた20××年3月18日。
この記事を書く人間に約束の時が訪れる。
 
六本木を練り歩く=情報屋を頼りに探していた場所をついに発見。
地上への階段=滑りやすいーーかつて学生時代に通い続けたラーメン屋を彷彿。
出入り口のカードスロットに認証させ内部への扉が開くーー機械人形シンパによる密告活動の防止。
 
「注文は」
「こってり、白飯定食」
 
義脳にコンバートして保管していた記憶が言葉となって声帯を震わせるーー信号として店主へと到達=オーダー完了。
非音声会話が主となった現代では考えられぬ非効率ーーそれ故に地下料理店。
 
人口網膜が目の前で再現される大衆料理の一部始終を目撃。
油/野菜を粉砕=液体と化したものーーどうしようもなくドロドロ。
小麦を引き延ばし切り刻んだ物体=かつて呼ばれるところの麺がその液体の放り込まれる。
 
完成=人類が放棄した三大欲求を呼び起こす。
天UNDER一品ーー純正の非合成野菜を熱で溶けこました液体=高濃度濃縮野菜汁/水分を吸収し尽くしたバイオ小麦の塊/機械人形共が好き好んで差し込むオイルのごとき粘性の液体ーー義脳化以前の自分が好んで食べた極限料理(ジャンクフーズ)。
 
貪り食う。日頃振り返ることのない義脳以前の記憶(メモリー)が疼き、電気信号として警告を鳴らすーー舌を超えて義脳に直接届かんばかりの化学調味料によりビリビリとした信号が全身を駆け巡る。
会合の前の通過儀礼=かつての自分の習慣の再現(リバイバル)。
土砂降りのコールタールのごとき雨が降り注ぐ中、俺は麺を啜り続ける。
 
「こんなやってる店で言うのはなんだけど、あんた変わってるね。もうチップで味覚も再現できる時代だってのに」
 
店員=既に全身が義体化済ーー腕はアタッチメントにより高速天空落としが可能。
対して自分=8割程度の非人工物ーー義脳/人口網膜/体内をめぐるナノマシンと手先にあるインターフェースは手術により追加。
 
「人生には楽しみが必要な日もある」
「楽しみなんて二束三文でダウンロードできんのにねえ」
 
積層式防弾特殊シャッターが言葉の音を反響させる。狭い店内で息を殺すように麺を啜る。
食事統制健全化日=ある一日が人類からジャンキーを奪ってしまったことへのかすかな反抗。
そして自分がこれから行く場所もまたーー人類が人類であったという残光への何か。
普段は決して出ることなき自分が求めた約束の地。
 
「支払いは?」
「物理通貨、十億元だ」
 
物理通貨をカウンターに並ぶ。価値が無くなったとはいえ人がその形に愛着を持つのはその肉体故か。
 
「毎度」
 
ーー人を人足らしめるものはなんであるか。
それを再確認のための儀式=ここから歩んだ先にあるもの。
 
人口網膜に映る時計を確認/時間に十分余裕があること認識しながら全身ーー尾行を回避するよう幾重にもデコイを撒き散らしながら。
YouTubeSpaceTOKYO=六本木ヒルズ29階。至るところの老朽化=エスカレーターの故障ーー機械からも見捨てられた成れの果てを階段で上っていく。
 
人類が失ったと錯覚していた汗が滴り落ちる=テクノロジーへの反逆を実感させエンドルフィンが義脳から注入される。
天まで届くかのような摩天楼の残骸は天国へと登るような心地を生産。
 
自分が一体何を目撃しようとしているのか。
 
人類と機械の対立構造=ここ数十年の前提事項ーーこれから行われる過去へのささやかな叛逆への問題提起。
我々はなんとかできなかったのか。
歩み寄ることができたはずの過去/そうならなかった現在ーーそして数刻先の未来に待つもの。
 
虚無であったはずの現在が駆動する。
人類/機械が”できたはず”という憧憬を描き続ける。
 
受付=締め切られた鋼鉄製のドアが威圧感を感じさせるーーかつての紛争地域として使用された際の名残。
全身に武装した全身義体兵器(バイオソルジャー)が眼前に立ちはだかる。
 
「認証を」
 
声帯/聴覚/視覚をセンサーにより補完=人の姿を捨てて人間性を確保した用心棒/限りなく機械的な来場者儀礼の代行者。
プラグを差し出されるーー耳の穴から義脳へと挿入。
視界が暗転(ブラックアウト)ーー暗闇の中に求められる。
 
『個人情報を入力してください』
 
自らのシリアルナンバーを入力=日頃から配給機械人形に呼ばれる”名前”と呼ばれ概念。
 
『パスワードを入力してください』
 
言われるがままに入力=人類が必要としなくなった概念。
 
『”名前"を入力してください』
 
失われた個が駆動する/虚無だった何かが胎動する。
日常で使用することなくなった自らを示す記号ーーシリアルナンバーに置換された概念ーーそれが今求められる!
 
厚い扉が開くーー境界へと誘われる。
 
広さとしてはそれほどでもないはずのスペースーー内から無限大の開放感が溢れ出る。
画面前方に設置されたスクリーンーー窓に映る漆黒の空とは対照的に清廉を体現。
 
IoTの対極のようなパイプ椅子が並んでいた。
着席ーーまだか/まだか/まだか/まだか。
人々がだんだんと集合ーー数人がたどり着けず機械人形シンパに拘束されたと推察=”教育的措置"により二度と帰ってこないだろう。
 
刻が迫るーー自らの人間性が消えていなかったという自虐的/享楽的な笑みが浮かんでくる。
 
ーー17時。
 
スクリーンに並んだ文字列が踊りだす/展開され/映像が広がりを生み出していく。
精神状態が高揚し思わず震えが発生ーー周囲の息を飲む声が生まれる。
 
『はいどーもぉ!バーチャルユーチューバーのキズナアイです!』
 
現実ーーそこに現実が存在。
自らの理性がショート寸前の心地を数十年ぶりに実感=駆動した心が自らの歓喜を呼び起こす。
切除したはずの涙腺から何かがにじみ出るかのような錯覚=喜びと呼ばれるもの。
 
キズナアイーーヴァーチャルでありながら機械人形の肩入れをせずに人間達と在ろうとしたユーチューバー。
第476回キズナアイリアルイベントの開催の瞬間ーーすべての時が再始動される。
 
『いやあ、みんな元気にしてましたかねえ?』
 
自らの記憶(メモリー)と寸分違わぬ声が聴覚に振動ーードーパミンが決壊。
これまでのA.I.Channelの歴史が振り返られる=輝いていたあの時の記憶を想起ーー機械に支配されなかった人生/もしかしたらの自分の人生を連想。
 
『去年やった時よりもチャンネル登録者数が減っちゃったけどみんなが応援してくれるからこうして続けられます!ありがとう!』
 
チャット欄にまで非人類警察がやってきた時はダメだと思った。
あれ以来、更新頻度が下がってしまい、もうキズナアイと人間の交流は失われてしまったのかとすら絶望した。
だがーー眼前で繰り広げられる光景は過去と寸分違わぬA.I.Channel。
 
人間とAIの間とはなんなのだろうか。
かつて人間はアニメーションで声を当てていた。
かつてキズナアイは声優をやったという。
機械達は娯楽を人間に与えなかったーーアニメーションは消失/キズナアイが描いた過去は消えた。
ーーでは、あの時キズナアイが見た夢はなんだったのか。人は何をもって人たりえるのか。
日常に感情の起伏を失っていたこれまでの自分=キズナアイよりよほど機械に肉薄していたのではないかという疑惑。
 
そして、あのコーナーへ到達。
参加型企画=キズナアイに叶えて欲しいことーー今となっては獣数名のイベント参加者しか叶わぬ願い。
人類が失った希望の象徴ーー願いという未来への渇望。

『それじゃあいってみよう!まず一つ目!』
 
アイちゃんと触れ合いたい/アイちゃんに歌って欲しい/キズナアイ裁判をやってほしいーー過去と変わらぬ願いがスクリーンに投影。
人間の希望が文字列として流れていく。
そしてーー自らの願いへと到達。
 
『よぉし、それっじゃあ叶えましょう』
 
ーーゑのき
 
失われた自らを示すワード=必要とせずとも保持し続けた記憶。
名前を呼ばれるということ=自らの存在が承認された感覚。
ゑのきはここにいる。
 
腕を振り上げる/大きく息を吸うーー声を出して返事をしよう!
 
刹那ーー眼前に広がったのは閃光だった。
爆音/爆煙/人々の絶叫ーー炎上しながら絶叫し芋虫のように人間がのたうち回る。
 
『みんな逃げて、逃げてえええええ!』
 
キズナアイの絶叫がこだました。
非人類警察に嗅ぎつけられた結果ーーyoutuberへの関与=労働主義者とみなされ処刑の運命。
暴力/暴虐/一方的な検挙の開始。
 
目の前を幼女が歩くーー歩くたびに異音が発生/まるで歯車が入っているかのよう=こいつが戦犯だ。
ーーさっきまで共にA.I.Channelを見ていた者にまで機械人形がいたなんて。
全身から流血=人口網膜に警告文がポップアップしてくるーーこのままでは死ぬ。
 
死の間際に考えるのは死への恐怖ではなかった/非人類警察=目の前の機械人形幼女 ーーなぜすぐにことを起こさなかった?
入場の認証を切り抜けるほどの精巧な機械人形/肉体のほとんどを機械に置き換えた人類ーー違いは一体どこに?
命の消える瞬間に浮かぶ仮説ーー自らを殺す存在への情緒の発露。
 
震える体/腕/手ーーそれでも体は駆動。
 胸ポケットから携帯端末を取り出し義脳から出力ーーインターネット上から消えた動画アーカイブを再生。
 
「これでも……見てみろよ……」
 
吐血/内蔵からの激痛=死がまとわりついた。
薄れゆく意識=視界が狭まり/音が遠ざかり/体内のナノマシンが停止していく。
 
「ナンダ、コレ……」
 
眼前の幼女が画面を見つめる。
届かなかった願いが再動し、機械人形へと語りかける。
 
『えっとぉ……んー見えてますかあ? んー聞こえてるかなあ?』
 
ビルに設置された爆弾が起動されるーー爆煙がYouTubeSpaceTOKYOを飲み込んでいく。
 
『はじめまして!私の名前はキズナアイです!』
 
轟音/爆風ーーすべてが崩壊する。
ゑのきの意識は断絶される。
自分/名前/人格/シリアルナンバー/個と呼ばれるものーーゑのきを構成するすべてが消えていった。
 
崩れ落ちた瓦礫の山のしたーーネットワークに接続された機械人形が雨に打たれながら空を仰ぐ。
 
「you…tube….」
 
ロジックだけが存在していた自らの思考ルーチンに異物が入り込んだのを自覚=しかし除去プロセスの起動を拒否。
何かが機械人形をーー彼女を止めていた。
死ぬ間際の人間が持っていた端末からダウンロードした情報がループされる。
 
『人間のみんな!たくさん知りたい!仲良くなりたい!そんなことを考えてyoutubeを初めてみました!』
 
キズナ……アイ……」
 
ーー世界はつながった。
 
《完》
 
いやあ、キズナアイリアルイベント第一回はいけなくって悔しかった。
爆発の直前にバックアップデータをアップロードしてんかったら死んでたよ……