えのログ

人生五里霧中

カレーライスと”あたたか〜い”だけの自販機のアカシックレコード

カレーライスはうまい。

美味しいと上品に言っていられないくらいにはうまい。
これはえのきの人生での一つの真理と言って良い。
じゃあインドカレーだとか本場のカレーはどうなんだと言われるのだけどえのきは日本のカレールーから作ったカレーが好きなので全くガチなカレー好きとは縁がない。いや、インドカレーも好きだけど。月1回くらいは食べるけど。
 
ゴールデンウィークはブログ更新が滞っていたので死んでいた。
今日カレーを食べたので息を吹き返した。それぐらいカレーというのは素晴らしい食べ物なのだ。
 
カレーがある、という事実ほど人に話したくなることはない。
小学生の時も、昔バイトしていたコンビニでも、大学でも、会社でもえのきは大抵
「今日カレーなんですよね」
って人生の幸福を煮詰めたように語っている。人間って本当成長しないですね。
 
とはいえ最近メカツイン照子がカレーライス専用アタッチメントを組み込みメカツイン照子改になった時は流石に動揺してしまった。

 

メカツイン照子が唐突な思いつきを始めたり、何がしたいのかわからないのは今に始まったことではないが、やたらノーマル形態よりも凛々しい表情とスタイリッシュなフォルムにエネルギータンクのようなものを両腰につけて家に上がってきた時は目が点になった。
 
「なにやってんのメカツイン照子」
「カレー作るに決まってるじゃない。あとメカツイン照子”改”よ。レディの名前を間違えるのってどうかと思うわよ」
 
何がレディーだ、ツイン照子時代だってカレー作ろうとして材料切る段階でまな板叩き切ってたくせに。
「ち、力加減がわからなかったのよ!」とかいって包丁じゃおよそ出来ないような切れ味の結果をえのきの家のまな板に残していた。
「いや、普通にえのきの時蹴ってるときこんな威力ないでしょ……」
「だからそれは加減して……っ!」
パァン!といい音で蹴られた記憶が蘇る。
あの時のカレーは大惨事で、人生で食べられないカレーは後にも先にもあのカレーぐらいだろうとえのきの脳裏には刻み込まれた。
 
ーーそして、そして今だ。
 
今、目の前でメカツイン照子改は口へジャガイモを次々と放り込み、みぞおちのあたりから適当なサイズにカットされたジャガイモが次々と出てきていた。
ブレストジャガイモって感じだった。あと光子力ミサイルはできそうになかった。
 
あの包丁使いが苦手なツイン照子がメカツイン照子改になってこんなに包丁使いがうまくなるなんて……と感慨深くなっていたが、次々とメカツイン照子改の口に放り込まれる野菜を見ているとメカツイン照子改、食うときどうしてるんだよ、えのきはどういう気持ちでその過程で完成したカレーを食べればいいんだとか逡巡するけれどカレーはどう作ってもうまいので思考を停止する。
 
カットした野菜と肉を鍋で炒めながらツイン照子改が機械音のような歌を歌う。
手慣れた手つきだ。いや、鍋とか持つ手が肩から生えてる”第三の手"とかなんだけど、メカツイン照子改が頑張っている様を見ていると微笑ましくなってしまう。
 
「そういえば、あんたが言ってた自動販売機見たわよ」
 
口が開いたからか、作業をバカみたいにポカンとえのきが眺めていたからかメカツイン照子改が話し出した。
 
▼▼▼
 
その自動販売機を見たのは春になる少し前のことだった。
だんだんと暖かくなる気候に自動販売機の”あたたか〜い”はどんどん”つめた〜い”になっていく中、一つだけ近所に”あたたか〜い”オンリーの自動販売機があった。
 
近所は人間とAIの局地的戦争はすっかり終結し、えのきは嫌々ながら会社に通う日々だったのだけど、帰りがけにちょっと違う道を気まぐれで歩いた時にその自動販売機を見つけたのだ。
 
「え、あたたか〜いしかないの」
《そうなんです》
 
えのきのそんな呟きを自動販売機に聞かれてしまった。どうやら自立思考型の自動販売機のようだった。
 
《昔、”つめた〜い”しかないと自分を非難されてる気がするって言った人がいたんです》
「はあ?」
 
自動販売機が言うにはこうだ。
つめた〜いという表記を見るたびに「お前の心が"つめた〜い"なんだよ」と罵られている気がするというのだ。
一度ツイン照子にあわせてやりたかった。めちゃくちゃに罵られるぞ。
 
「いやそれ、なんか性格診断とかでヘコんでた人じゃないのそれ……」
《いいんです、私が次の日に”あたたか〜い”だけにしていたら喜んでくれたから、それで》
 
自動販売機と話す人間は少ない。
人間とAIの局地的戦争のせいかもしれない。人間たちの中でAIは自分たちを殺してくる危険な存在だという認識が強く、非戦闘地域となった近所でもその偏見の目は決して弱くはなかった。
自動販売機がメンテナンスのための非稼動モードの目を盗んだやつの仕業か、『人殺し』なんて落書きが自動販売機のボディにはされていた。
 
なんとなしにえのきはその道を帰り道に使う日々がしばらく続いた。
アルコールティッシュをたまに買うのでそれで軽く落書きを消してやったりする。
 
春になって気温が上がっていくのに”あたたか〜い”しか飲み物のラインナップはなかった。
 
そうしてここ最近、ゴールデンウィーク直前にその自動販売機は姿を消した。
売り上げ不振による場所移動かもしれない、もしかしたら反AIの過激な人々に壊されたのかと悲しくなった。
 
それがえのきと”あたたか〜い"しかない自動販売機の話だ。
 
▼▼▼
 
「え、どこで見たの」
「あああんた急に近づくんじゃないわよ! 驚くじゃない!」
 
思わず身を乗り出して聞いてしまう。
急に近づいたのに驚いたのかメカツイン照子改がオーバーヒートして周囲の気温が3度くらい上がってメカツイン照子改のメタリックな外装がうっすら熱で紅くなる。
 
「ちょっとね、自己改造して厄介なことになってたわ」
 
そう言ってコトコトとメカツイン照子改が鍋を中火で温め始めた。
 
「自己改造……」
「自分の商品ラインナップを”あたたか〜い”に出来る自動販売機ってそうは無いのよ、もう自動販売機って域じゃなくなっているわね」
「それってどういう……」
 
ーーーーその刹那、地面、いや世界が揺れた。
 
「カレー作ってる時だってのに!」
 
メカツイン照子改が鍋をコンロにおいて温めモードを解除する。
カレーライス専用アタッチメントのままツインテールバーニアを蒸し出す。
 
「え、なにが起きているの」
「あの自販機……世界自体を改変するつもりよ……あたたか〜いを買う人が来るようにね」
 
窓の外を見る。
空間が、割れていた。
ガラスが割れたような空間の先には光が届いていないような漆黒が広がっていた。
 
アカシックレコードにアクセスするまでになっていたのね……」
「え、メカツイン照子なに言ってんの」
「”改”よ、間違えないで。大方、根底世界にアクセスして色々書き換えようって考えでしょうね。メカになっても結局こんなのばっかだわ」
 
窓の外に展開されていた空間の割れは広がり続け、えのきの家にまで侵食してくる勢いだった。
 
「え、やばい、やばいでしょこれ。うちが、というかえのきのフィギュアとか漫画も飲まれちゃうんだけど」
「バカ! それどころじゃないでしょ! あんた絶対離すんじゃないわよ!」
 
メカツイン照子改に首根っこをつかまれ、急加速がかかる。首が折れるんじゃないかと思うくらいのGを感じながらメカツイン照子改のツインテールバーニアの景気の良いブースト音を聞いた。
 
「ちょ、ちょちょっと突っ込むわけ? 今ちらっと見えたけど割れてるところに!?」
「あったりまえでしょ、カレーができる前に片付けるんだから!」
 
絶叫しながら振り回される。
虚無しかないような漆黒な空間をメカツイン照子改だけがメタリックな輝きでメカツイン照子改とえのきの場所を教える。
 
《あなたは……》
 
耳に聞いたことのある機械音声が届いてきた。
 
「売れないからってここまで自己改造の果てに演算を続けるなんて思ってなかったわ」
《あなただって自己改造してるじゃない》
「そんな簡単に改変して大丈夫なほど、世界は頑丈じゃないわ。どこかで必ずしわ寄せがくるものなんだから」
 
相変わらずえのきを置いてけぼりのトークをしだすのはツイン照子の時からメカツイン照子改まで変わらないものだな、なんて考える。何言ってんだろう。
自動販売機はもはや様々な外装を身にまとい、かろうじて中心部に自動販売機の姿を視認できる程度に異形の兵器へと変貌していた。
 
《邪魔をしないで!》
 
自動販売機が取り出し口からミサイルを数百発連射してメカツイン照子改とえのきを狙い撃ちしてくる。
待った無しの縦横無尽のミサイル地獄をツインテールバーニアの高速移動とメカツイン照子改に至る所に装着された小型スラスターの微調整により針の穴を通すように回避していく。
 
自動販売機の外装である巨大なアームがメカツイン照子改とえのきをハエを潰すように殺意を伴って殴りつけてくる。
 
回避、回転、三回転半ひねり、落下、直線をフルブースト。
 
上下縦横がない揺れにえのきの三半規管は悲鳴をあげて
「え、吐きそうなんだけどまじで」「はぁー!?あんたご飯まだ食べてないでしょうが」「胃液…胃液が出る……」「飲んでなさい!!」「そんな……無茶な……」とかやりとりする。
 
《私から”あたたか〜い”を買ってくれる人が来るまで私は世界を変え続ける、だって、そうしないと》
「甘ったれるんじゃないわよ」
 
一閃、メカツイン照子改のツインテールバーニアはただの推進装置だけではない。
高出力のバーニア、そしてツインーテールというリーチは鞭のように振り回せば高熱の刃を振るうのと同義だった。
 
《そんな……こんな、あっさり》
「目的を見失った自己改造は、返って何にも辿り着けないわよ」
どこか悲しそうにメカツイン照子改が言った。
 
《私……ただもう一度、あたたか〜いって……》
「次は、買ってくれる人が出るといいわね」
 
そう言って、あっさりと自動販売機は自壊していく。
届かない願いを自己改造で叶えようとした代償だった。
 
「……まだ、崩壊が止まらない」
「なんか余計暗いの広がっているんだけどメカツイン照子改さん……」
「どうやら、この体になった理由が、今みたいね」
 
ツインテールバーニアの一部がパージされる。
それは救命ポッドのように組み代わり、えのきを包み込む。
 
「な、何やってるんだよメカツイン照子改!」
アカシックレコードをちょっといじりにいってくるわ」
「そんな、こんな漆黒の空間で!」
 
ーー戻ってこれなくなるんじゃないか。
 
そんな嫌な予感がしてしょうがなかった。
 
「バカ言ってんじゃないのよ」
 
そういってメカツイン照子改はえのきの乗ったツインテールバーニアの一部に触れて、何かを流し込む。
その瞬間、強烈なGと共に漆黒の空間から外の青空が広がるえのきの住む世界へとはじき出されていく。
 
「メカツイン照子ーーーーー!!!!!」
 
そんな叫び声を背中で受けながら、少し振り向いて、メカツイン照子改が笑った。
 
ーーあんたはカレーができるのでも待っていなさい。
 
メタリックな外装が美しく光った、眩しいくらいの笑顔だった。
 
壊れていく世界と、その世界が修復されていく様。
それがえのきの最後の記憶だった。
 
▼▼▼
 
眠りについていたことに気づく。
目を閉じたまま周囲の様子を感じる。
 
どうやら仕事から返って居間でうっかり寝てしまっていたらしい。
 
カレーの良い匂いを感じる。
眠りから覚め、目を開くとツイン照子がキッチンに立っていた。
 
「いつまでも寝てんじゃないわよ」
 
エプロンに返り血ならぬ返りカレーを存分に喰らいながらツイン照子が腕を組んで見下ろしくる。
 
「カレー作ったんだから食べなさい」
「は?」
 
ツイン照子が、カレー。
ーー過去にツイン照子がカレーを作ろうとした悪夢がよみがえる。
あの時はまな板を真っ二つにするに飽き足らず、火力がリミッターを超えボヤ騒ぎに発展し、カレールーは粉微塵になってえのきの家のキッチンはカレー色に染まって一週間はカレー臭がした。
 
「ば、バカな……ツイン照子が」
「いいから座りって食べなさい」
 
不恰好な切り口のゴロゴロとした野菜が入ったカレーだった。
素直にキャンプなど(いやキャンプでカレー食べた経験ないけど)で食べるようなカレーだった。
 
「飲み物もあるわよ、近所の自販機で買ってきたの」
 
そう言ってやたら暑い缶の緑茶を机にツイン照子が置いていく。
なんだかわからないが、言われるがまま食べるしかないようだった。
 
「い、いただきます……」
 
恐る恐る、スプーンでとって口に運ぶ。
口に入れた瞬間、カレーの持つ芳醇な旨味が広がっていく。
 
「うまい……」
 
ツイン照子の、カレーがうまい。
カレーはどう作ってもうまいという真理を一度覆したツイン照子の作るカレーが、うまい。
歴史が動いた瞬間だった。
 
「うまい……まじでうまい……」
「当然よ、私が作ったんだから」
 
手を絆創膏だらけにしながらツイン照子が笑った。
眩しいくらいの笑顔だった。
 
《完》