えのログ

人生五里霧中

第二回 フォロワーのお題で小説を書いた

Twitterで募集して日が変わる前に書き上げるという遊び二回目。
お題は「鈴の音」「ナース」「薬局」「公衆電話」
 
以下小説
▼▼▼
 
私が小さい時は何をして遊んでいたんだっけ。
一人っ子で、友達もいた気がするけれど、家で一人でいる時は何をしていたんだっけ。
記憶というのは曖昧で、川の水を手で救った時のように簡単にこぼれ落ちていく。
ーーあの時、私は何を思っていたのだろう。
 
▼▼▼
 
夏は人が死ぬ。
 
統計としては一年中人間は死んでいるが私の感覚的な部分でそれは一つの決まりごとだった。
私が人の死というものを認識し、否応なしにそれはこの世の物事と地続きの、一つの終着点なのだと理解させられるのは夏だった。
 
私の父が亡くなったのも、暑い夏の日のことだった。
いつものように小学校から帰り冷凍庫に閉まっていたチューペットアイスを舐めていると、祖父が神妙な顔をして私にそのことを伝えた。
私は、その年齢の少女にしては比較的落ち着いてその事実を受け止めたと思う。それまでも随分と父の体調が良くないことは父が入院をしたことや、入院してからしばらくして髪を全て剃り落としていたことから、どこかで私は気づいていたのだと思う。
 
ーーりぃん、と音がした。
それは近所の家についていた風鈴か、それとも家のどこかにあったものなのか。
とにかくそのような鈴の音がした。
 
父の死を聞いて、それから通夜だとか、家族が亡くなってからのあれこれは良く覚えていないけれど、祖父からその話を聞いた時の鈴の音は今でも耳に残っている。
 
ーーあれは、どこから聞こえた音だったんだろう。
 
様々な事柄が終わり、小学校に行くと担任が泣いて私を迎え入れた。
私はなぜ担任の先生が泣いているのだろう、と不思議に思った。
悲しいのは先生ではないはずなのに、なんて。
 
▼▼▼
 
今年もまた、夏がやってくる。
強烈な日差しにアスファルトは熱を持ち、水を撒けば気温が下がるどころか湿気がまとわりつくような日だ。
アイスクリームは地面の上で液体へと変わり、セミは一生をかけた求婚をしながらその命を散らしていく。
病院内はクーラーが使用されているものの、院内のあちこちを雑務で動き回っている私はじんわりと汗が額に滲んでいく。
 
看護師、看護婦、ナース、人によって呼称は違えど、私はそう呼ばれるものになっていた。
資格を得るための学習の過程で、おおっぴらに言葉にすることは無くなったけれど、私の中で最初に知った名称ともあって、ナースになることに自覚的な人生を送っていたように思う。
ナースを志したのは幼い時に父を亡くしたからだったのだろうか。
大人になるにつれて、幾つにも分かれた人生の道を自分の思うように選択をしていたらこうなっていた、というのが正直なところだった。
医師になり、人の生き死に介入して誰かを救えるとまでは思っていなかった。
ただ、目の前のことで最善をこなせれば良い、そんな風に考えていたように思う。
 
ーーりぃん、と音がする。
 
今日もまた、鈴の音がする。
それは院内の壁を反響するわけでもなく、私の頭の中で響いているような鈴の音だった。
また一人、誰か死ぬ。
 
「澄本さん、302号室の坂戸さん」
 
そう言われて私は今の音が実像を持っていくのを感じた。
坂戸さんは長期入院をしていて、もう少しで完治の見込みが経つ患者だった。
だが、そんな状況でも急変ということは往々にしてある。
「家に帰れるんだね」なんて会話は1日で嘘になった。
 
鈴の音が耳に染み渡る。
 
私は、いつの頃からか関わった人が命をなくす時、鈴の音を聞くようになっていた。
 
私は涙を流さない。
ナースになったばかりの時は受け持ち患者の死にどうしようもないショックを受けて、泣いてしまうのが通過儀礼のように先輩に語られたが、私はこの仕事に就いてから人の死で泣いたことは無かった。
ただ、ああそうか、と感じてそのまま決められた段取りをこなしていくだけだった。
 
私が冷たい人間なのか、それとも人の死に気づかないうちに慣れきっているのか。
遺族の方々が涙を流し、それぞれの想いに耽っている様子を横目に、私は医師と”これから”について話をする。 
事務的に、淡々と状況を伝え病室を後にしようとする。そういった行動が遺族を現実に連れ戻すのだ。死という離れがたい感傷から少しだけ、強引に。
 
「先生も、看護師さんも冷たいんですね」
 
遺族の少女がそう言った。事務的に事を語る医師と、無表情の私のことをそう感じたのだろう。
 
「あなた何言ってるの!」
 
少女の母がそういって嗜める。
私と医師は淡々とそういった言葉にも対応して、物事を先に進める。
 
感傷に浸る人々からしたら、そんな私たちはきっと冷たく映るだろう。
自分が何か間違っていることをしているとは思わない。
死というのはどうしようもなく現実で、誰もが物語のように解釈して咀嚼して、その現実を受け入れる。でも、残された人々がその現実を受け入れるまでは誰かがその現実を回さなくてはいけない。
私は、そんな現実を回すことを仕事にしている。
 
でも、私は父が亡くなった時も同じように涙を流すことはなかった。
 
ーーりぃん、という音が耳に残っている。
まるで鈴の音が、人を殺しているようだった。
 
▼▼▼
 
「お疲れ様です」
「ああ、澄本さん、お疲れ様。大丈夫だった?」
 
帰ろうとすると先輩の看護師がそう声をかけてきた。
 
「患者さんが亡くなったことですか?」
「それもあるけど、何か言われたんでしょ」
 
探るような声色。どこか神妙さというオブラートに包み込んだ好奇心を連想させる。
ああその話か、と思う。
病院内の人間関係は狭いもので、あっという間に印象的な出来事は伝播する。
悪意こそないが、心配ではなくその出来事を受けた私の心境に興味がありそうな声色には少し嫌な気持ちを覚えた。
 
「ええ、少し。冷たく映ったのかもしれません」
「気にしない方がいいわよ。そんなの仕方がないんだから」
「はい、ではお先に失礼します」
「お疲れ様〜」
 
私の家は病院に隣接した看護師寮で、数分もかからず帰ることのできる場所だったけれど、少し周囲を散歩して帰ることにした。
知ったようなアドバイスに少し嫌な気持ちになっていたからかもしれない。
暑さの引いた夕方も湿気がまとわりつくのは変わらないが、強い日差しがない分いくらかマシといった様子だった。
 
頭にこびりついていた鈴の残響を払うように歩いていると、呼び鈴のような音が聞こえてきた。
それは私だけに聞こえる鈴とは違った、現実の音のようだった。
 
「公衆電話……?」
 
古ぼけた電話ボックスの中で電話が鳴っていた。
夕日で赤く染まった電話ボックスと、周囲に誰もいない道端が妙に私を不安にさせる。
 
自然と足が前に進む。
電話ボックスの内側にはがれかけたシールや、チラシが貼ってあるのが見える。
ゆっくりと扉を開けて、受話器を手に取り、耳に当てる。
 
《もしもし、もしもし。きこえていますか。あたしは、いまでんわをかけています。もしもし》
 
少女の声だった。まだ、大人のように電話を通じた会話に慣れていないような、そんな声だった。
 
「もしもし?」
 
そう私が口にした瞬間、世界は暗転する。
 
▼▼▼
 
電話ボックスの中から見る外の世界が一転している。
夕暮れに染まっていた周囲は眩しいぐらいの昼ごろの日差しに照らされていた。
ボックスの内側に貼られたチラシやシールはさっき貼られたかのように綺麗なものになっていた。
 
「どういうこと……?」
 
カバンからスマートフォンを取り出し、画面を見ると圏外となっていた。
街並みもさっきまでとは違っている。
道の建物の割合などは変わっていないが、またシステマティックに道が整備されていないような印象を受けた。
 
電話ボックスから出て、周囲を散策するうちに自分が狐に化かされたのではないかという心地になってくる。
確かに普段目にしているはずの構造の街並みなのに、細部が違っているその様は私に強い動揺を与えた。
せめて自分の知っている場所を、そう思い看護師寮を探し戻っていくと、普段私が通っているはずの病院の位置に別の建物があるのがわかる。今にも取り壊されそうな薄汚れた建物があった。
それが、普段私が勤務地としている病院とは違う病院であることは理解できた。
 
「なんなのここ……」
 
薄気味悪さを感じながら逡巡していると、不意に私を衝撃が襲う。
ちょうど今、すれ違った人に感じる強烈な違和感。
 
「お母さん……?」
 
自分の肉親と思われる人の姿に思わず背中から声をかける。
しかし、その声は届かない。
 
「お母さん!? お母さんだよね! ねえ!」
 
駆け寄って声をかけ続けるも私が見えないようにただ歩いていく。
間違いなく私の母の容貌をしていたが、私の知る母よりも若く見えた。
母は病院と思われる建物から薬局に向かっていた。どこか、今よりも薄幸そうな表情で歩む母にそのままついていく。
私のことは、本当に見えないようだった。
 
やがて薬局で母親が処方箋を取り出す。チラリと、処方箋に記された日付が目に入る。
“それ"を理解した刹那、私の意識が切り替わる。
 
《きこえますか。いま、でんわをかけています。あなたはどこのひとですか?》
 
場面場面が私の視界に浮かび、消えていく。
まるで写真をパラパラとめくるようだった。
 
重い空気が部屋を包み込んでいる。(私がかつて父と母と住んでいた家にあった部屋だ)
父が申し訳なさそうな顔で母と話している。(机の上には何やら書類が置かれている)
母が泣いて、父を抱きしめる。(机の上の書類は私が病院で見慣れた診断書だった)
“私”が部屋の扉の隙間からその光景を見つめている(私の記憶にはない。遠い過去の出来事)
 
《さいきん、おとうさんが、なんだかびょういんに、いっています》
 
父も母も”私”に気づいていない。(父と母の姿は当時の私が知っていた両親とは全然違う弱さを持っていた。)
“私”が何かを決意する。(それを見る私はどうしてもそれがなんなのか思い出せなかった。)
 
また別の場面に切り替わる。
今度は母と”私”が二人で話をしている。
 
母が”私”に何かを語りかける。(父が当分家を離れること。病院は近いから毎日のように会えるということ。)
”私”はイベントごとのようにそれを受け入れる。(まるで親戚の家に遊びにいくようなテンションでその話を受けいれる)
 
《おかあさんも、おとうさんも、わらってはなすけど、あたしはふたりが泣いているのをみていました》
 
知っている。私は確かにそれを知っていた。
どうしてそうしたかも私は知っていたはずなのに。
 
やがて母が家を空けることが多くなる。(私は学校から帰って母が帰ってくる日を待つことが増えた)
“私”を連れて病院へいく時はたまにあったけれど父の顔色はどんどん悪くなっていた。(私は気付かないふりをしていた。気付かないふりをしても何も変わらない、変わらなかったのに)
 
時が進んでいく。
私は目の前に何が迫っているかを薄々理解しながら私は”私”のそれを見つめ続ける。
そうして、”私”に祖父が話しかけていた。
 
《わたしは、お父さんが亡くなったのをききました》
 
《わたしは、ただ、おかあさんの代わりをしようと思いました》
 
お母さんはあの時、泣いていたから。
私と”私”の視点が混じり合い一つになる。
あの時のことが私の視界にフラッシュバックする。
 
ーー死という離れがたい感傷から現実へ戻すには、誰かが現実を動かさなければならない。
 
それは何か意味があったことなのかはわからない。
お母さんは私が落ち着いていても落ち着いていなくても、きっと同じように感傷から自分を現実に戻し、きっと現実を回しただろう。
ただ、私は自分が現実を担わないといけないと感じたのだ。あの時、きっと。
 
《もしもし、もしもし。きこえていますか。あたしは、いまでんわをかけています。もしもし》
 
私は電話ボックスの中で受話器を握っている。
私は”私”の声を聞いている。
 
《さっき、お父さんが亡くなったっておじいちゃんから聞きました。お父さんが、家にかえってくるそうです。今は、おうちでお父さんとお母さんをまっています。》
 
そうだった。あの時、私はおもちゃの電話で一人遊びをしていた。
 
《もしもし》
 
受話器から震える声が聞こえる。かろうじて涙をこらえているような声だ。
私の覚えていない、”私”の声だった。
 
《私は、なかないけれど。とても、さみしいです》
 
きっと、私は泣いて良かったのだ。周りのことも気にせずに、きっとお母さんのことすら気にせずにただ泣けば良かったのだ。
何かを伝えようと様々なことが口から滑りでて、言葉を紡ぎ続けた。受話器の向こうにいる”私”に伝えようと。
いつしか私は泣きながら声をかけ続けていた。
でも、それは受話器越しの”私”には届いていない。私が記憶していないように、私が今話していることは”私”に聞こえてなど、いない。
 
《もしもし、いま、鈴の音がきこえました》
 
少し落ち着いた声が聞こえる。
 
《気持ちがおちつくおとで、好きです。あなたがきかせてくれたんですか? ありがとうございます》
 
そう言って、電話が切れる。
私は初めて鈴の音が聞こえた日を思い出す。
 
あの日ーーりぃん、と音がした。
きっとそれは私に寄り添うような優しい音だった。
 
 ▼▼▼
 
それから、私は問題なく家へと帰ることができた。
病院もすっかり元の外観に戻っており、何事もなかったように日常に私は戻っていた。
鈴の音は聞こえなくなった。
日々を過ごす中で、気が付いたら聞こえないことを知った。
 
ある日のことだった。
 
「澄本さんですか?」
 
病院で、声をかけられた。
坂戸さんの遺族の少女だった。
 
「その節は……」
 
少女が私が言葉を発するのを首を振って静止した。
 
「ごめんなさい。私、ひどいことを言いました。冷たいだなんて。澄本さんがおじいちゃんのこと、すごい励ましたりしてくれていたのを、お母さんに後から聞いて、私、すごいひどいことを言ったんだって思って、それで……」
「いえ、私が事務的だったのは事実ですから……」
「違うんです、私、全然会いにいけてなかったのに。私、それなのにひどいこと言ってしまって」
「いいんですよああいう時は、それぐらいがちょうどいいんです。悲しすぎて、現実に目が向けられないくらい悲しんでしまっても、いいんです」
 
目の前で泣く少女をなだめ、泣き止ます。
どんなことにも時間はかかるのだ。死という感傷から現実に移るのには時間がかかる。
それだけの話だ。それぐらいの塩梅で良い話だ。
だから私は、きっと私はそれに寄り添えるようにナースになったのだ。
 
ーーありがとうございました。
そう言って、少女は去っていく。
 
私は少女の感謝の言葉と、人生から去っていった人々のことを想ってその後少し、泣いた。
鈴の音はもう、聞こえない。
 
ある夏の日のことだった。
 
《完》