えのログ

人生五里霧中

再掲しようそうしよう。陰陽シャーク小説『陰陽の鮫』

4〜5年前に身内でシェアワールドでオリジナル小説同人誌を作った時に書いたもの。思いついた陰陽シャークという響きが良くてあれよあれよという間に書けた。いろいろ影響をもろに受けたりしているけれどだいぶ楽しく書けた。

えのきの振り返りもかねて、ブログ用に調整してアップしました。

 

これはーー陰陽術と技術が入り混じった世界"七稜"を舞台に展開される物語のうちの一つ。

 

またこういう本作りたいなあ。

以下小説

 

▼▼▼

 

彼は見ていた。彼が生まれ落ちてからの世界。彼を閉じ込めておくには脆弱で狭すぎるその世界から。幾人もの愚者が彼を覗き込み、笑った。

 

「よいぞ、よいぞ想像以上だ。この世の魑魅魍魎を葬ってくれる」

「我が軍が戦で勝者になるのはもはや、必然」

 

しかし、誰も理解していない。その場にいる者は誰も。彼以外は。

世界は薄暗く、世界は狭量で、世界は彼にとって打ち壊すのには容易い脆弱さだった。

 

「いやはや、実に良好」

 

手元の資料を眺めながら白衣の男が呟く。無精髭で数日間は風呂にも入っていない。だが誰も気にする者はいない。ここ数日間は皆働き詰めでそれどころではなかったのだ。

その成果は男の手元の資料に全てが記載されている。

 

「養殖の暁にはこの世のすべてを我が陣営の手中に納めることができましょうぞ」

「全くだ。茶をくれ」

 

いそいそと部下がお茶を炒れようと動きだす。出された茶は薄く出がらしであることは一目瞭然だった。

 

「この茶ともおさらばさ」

 

そういって一口に飲み干す。若干熱さを感じたが、これまでの研究が終わった喜びの前ではその程度些事であった。

 

「検体の調子はどうかね」

 

そう言って特殊な道符を貼付けた硝子細工の水槽へと近づいていく。中に鎮座する生命こそ男が全てを捧げ生み出された最高傑作だった。

 

「美しい……」

 

頬を思わず思想へとすり寄せる。中の生命がゆらり、と動く。

 

「お気をつけ下さい。その検体は獰猛なのですから」

「関係ない関係ない。この私が自ら何十にも封印を施した特殊水槽、これが破壊されるのならばそれがこの世の終わりだよ」

 

部下の声にも耳を貸さずこすりつける。

警告こそすれ部下もまたそれほど危機感があったわけではなかった。何せ水槽の中にいるのはまだ幼体。仮に成体となってもそれでも問題の無いと考えられる強度の水槽に異常が起こることなど考えられなかった。

 

「くほっ」

 

――その時までは。

水槽にこすりつけていた頭が不自然に歪んだ。厳密にいうと頭部周辺の空間が奇妙に歪んだ。

 

「いったい……どうな」

 

男の言葉を続かない。閃光のように弾けた紅、収束する空間、そして残ったのは男の頭部を除いた亡骸。 

ぽっ、ぽっ、ぽっ、と音がする。男の体に斑点のような円が浮かび上がる。やがてそれは拡大され、男の体は花火細工のように紅の点滅を繰り返す。

皆黙っていた。否、声を発することが出来なかった。

目の前で起きていることの理解が追いつかず、理解出来たとして、その先の己の運命を悟ってしまうから。

 

ーー全てが終わりだとわかってしまうから。

 

ぽっ、ぽっ、ぽっ、ぽっ、ぽっ、ぽっ。

硝子細工に円が浮かび上がる。歪んだ空間は【彼】の世界から外界への穴を生み出した。

轟音。内部の水は溢れ出た。硝子細工は砕け散り、全ては水面下へと堕ちていく。

人も、硝子も、紙も、骸も。

悲鳴と怒声は水音に邪魔をされ響くことを許されない。愚者がそれでも発しようとしたその声はやがて彼にかき消される。

 

ぽっ、ぽっ、ぽっ、ぽっ、ぽっ、ぽっ。

 

▼▼▼

 

「ああやめてくださいましやめてくださいまし」

 

女の声は好色に染まりあられもない。

 

「それ、えんのんか、礼金ははずむぞそれ」

 

男の声は汗ばみ荒く全てを勢いに任せていた。

乳房は弾み男と女は気もととなりその性欲の浅ましさは世俗の若人でさえ顔をしかめるようなものだった。

 人里から離れた湖畔で男女はその肉欲のままに四肢を動かし、腰を揺らし唾液をてらてらと煌めかせていた。

切れ切れの息。上下運動を行なう一組の獣。自らを律する両親の教育への反抗の悦楽。

理性という戯言によって形成されてきた事故を闇に屠る快感。

その全てが女の体内へと吐き出される衝動と共に、全てが報われ祝福されるような心地が到来する。

 腕で抱かれる時こそ自らは生を実感できるのだと確信していた。

男もまた爽快感を全身に感じは以後から突き上げ、やがて再度果てる。

夜は白み太陽は姿を見せ始める。先ほどから妙に女が静かだ。三日三晩と喘ぎ続けるような売女だ。今日は珍しいものだ。

 

「ほれどうした。その顔を私にみせてみい」

 

そして見る。抉れた瞳。

男の理解は間に合わない。彼の体には既に死の刻印、斑点がいくつも現れ始めていた。

 

ーー消されている、否、食われている。本能的に男はそう感じる。これは食事なのだ。女と自分は食われてここに消えていくのだ。

 

黒い斑点が体中に浮かび上がり、黒い球体が周囲に展開されていく。きっとこの球体もまた斑点と動揺に喰らい尽くすために物なのだろう。

男どころか周囲の地面や草木までどん欲にむさぼられていた。

 

――なんて浅ましい

 

ぷつり、男の意識は消えた。

 

▼▼▼

 

「なんでそんなこと桐野がしないといけないんですか」

 

寝耳に水の表情で優男が言う。桐野、というのは自らの名前を指す。自分のことをそう名前で呼ぶ幼稚さにどこか酔いしれている風でもあり、自嘲的なようでもある。

煙管をふかし、今日も日がな半日ゆるりと過ごそうと五葉塾の裏で昼寝をしていた時だった。

にやり、と笑みを浮かべ優男に少女が言う。その両に縛った髪、背丈からすると非常に幼い印象を見る者に与えるが、実の年齢はその外見と一致しない。

 

「適任だからだ」

「どこが。数人の行方不明者を探すことなんて桐野の領分じゃないですよ」

「行けばわかる」

 

噛み合ない会話はいつものことだ。五葉塾の塾長、三笠すずは淡々と話を進める。

 

「場所は滋賀。周辺を当たってみろ。講師として雇ってやっているんだ、給料分くらい働いてもらうぞ」

「水上都市でしたっけ。やだなあ。第一仕事ってねえ」

 

講師として雇われてはいるものの、桐野に通常業務などない。講義をするコマを与えられてなどいない。

 

「出発は今、数日で片をつけてこい」

「え、そりゃいくらなんでも急じゃ……」

 

そう抗議しようとした時には三笠は影も形も無くなっていた。大方塾長の部屋へと戻ったのだろう。

そして同時にもういくら抗議しようと自分のやることは変わらないのだと桐野は自覚していた。

 

「承知」

 

了承の言葉。そしてもう一度愚痴が出た。

 

「桐野の休日は返上ですよ、やれやれ」

 

▼▼▼

 

叩き付ける雨音と、湖に広がるいくつもの波紋がその地を象徴していた。無数の建造物は湖の中から生えるように立ち並んでおり、決してその全貌を見せることはない。陰陽の力を持ってして生活を成り立たせるその様は他の都市とは一線を画していた。

 

町人は水上を陰陽の力でそれを渡る。その資質の無いものはそれを込めた道符を用いて浮遊し、水を渡る。小舟などで移動する場合は余程道符に逼迫しているような時だけであった。

 

また夕刻だというのに厚い雲に光は遮られ町中は薄暗い。人々は戸を閉め切っているためにまるでにぎわいの無く、生命感の無い町に見えた。

 

「ちょっと勘弁してくださいよ……」

 

うんざりした様子で船を漕ぎながら桐野は呟く。小舟の内部に雨が溜まりかき出そうとしゃくしをいじるたびに菅笠で防ぎきれず体が濡れていく。

 

背中には桐野の体格とは不自然な程に巨大な『箱』が背負われていた。影画こそ棺桶のようだが、その箱自体を白い包帯で覆われており、まるでその箱そのものが死に装束を羽織った死人のようにも見えた。

 

荷物はそれだけだ。急な出発であったがために、他の旅のための準備など皆無であった。

 

「なんなんですかこの湖があって町があるみたいなとこは……」

 

漕げば漕ぐほど濡れていき全身が冷えきっていく。ようやく明かりのついた民家を見つけ、戸を叩く。

 

「ごめんください、聞きたいことがあるんですが、あとちょっと温かいお茶なんてもらえると桐野はとても嬉しいんですがねえ、ごめんください」

 

ゆっくりと戸が開き、じっとりとした瞳の老婆が姿を表す。

 

「なんですか、こんな雨の日に。ここは宿でないので泊めることはできませんが」

「いえ、ちょっとお聞きしたいことが」

「なんでしょう」

「ここ数日行方不明者が出たと聞きまして」

 

老婆の表情が変わる。大きな変化ではないが緊張が見える。

 

「ええ、あの外れで逢い引きをしようとした男女が消えた話ですな。ああ、浅ましい」

「なにか知っているのですか?」

「たたりじゃよ」

「たたり? 陰陽術とかでなく?」

「もはやそのようなものではありませぬ。それを悪戯に使った人間への罰」

「それは……一体どのような?」

 

ふ、と老婆が笑い戸を閉じる。

桐野の静止も聞かれることなく。しかし、一言

「鮫」

という単語だけが桐野に残された。

 

閉め切られた戸の前でにやり、と笑う。合点がいった。それならば自分にこの役目が回ってきたのも自然の流れだ。

 

「どうせ信じないと思って言いませんでしたね」

 

塾長、三笠すずの高笑いが思い浮かぶ。

 

「あの老婆め」

 

吐き捨てるように呟いた。老婆というものは悪い運を運んでくる。

右手を水面へと翳す。それまで雨粒によって無数に生まれていた波紋が消え、一つの方向へと波紋が流れ始める。

 

道符。陰陽の力を込め、解放することにより陰陽術の心得のない者であっても陰陽術を簡易的に使用できる万能器具。

 

「温存しておきたかったのですが、まあ手持ち型ですしね」

 

小舟が推進力を得て進み出す。目指すは外れ、行方不明者が最後に向かった消失現場。

 

「なるほど」

 

到着してすぐに理解出来る不和。明らかにそれまでと空気が違う。男女の情交、体液の匂い、血の匂い。一帯には死の匂いが充満していた。

周囲に建造物の影はない。ただ、不自然なまでの空間だけがそこにあった。

水だけの空間。そこに一見痕跡は残っていない。だが桐野には理解る。そこで起きたことが、その凄惨さが。

 

「やはりね、鮫ってのも中々納得いきますね」

 

浮いている。食いカスと形容できるもの。人の、腕。明らかに作り物ではない、確かに人と繋がっていたであろう腕。

水辺から拾い上げるとその肉はグズグズと水気を持ちあまり良い感触ではない。顔色一つ変えず、ただ見つめる。

 

鋭利――断面はその言葉を想起させた。

 

食いちぎられたというには綺麗すぎるその断面は鮫という言葉との矛盾を感じさせた。

 

「こいつぁひどい」

 

呟いた瞬間に背筋がざわつく。背後、殺意への反応行動を思うよりも早く桐野の体が取る。桐野の背後より奔る衝撃。背中に接近しようとしたそれを弾き飛ばす。背後に向けた掌から奔ったその力は既に道符のそれではない。

 

破道――道符の違法強化版、そして五葉塾の裏の顔の象徴。桐野の使用した破道の能力は重力操作。並の人間が喰らえば骨の数本軽く折れる代物だった。

 

弾き飛ばしたそれの正体は予想通りのものだった。鮫だ、確かに捉えた対象は鮫だった。水上都市という環境に置いて圧倒的アドバンテージを誇る生命体、その全身は桐野など一口に喰らってしまいそうな程の巨体だった。

 

追撃。入水させては、みすみす逃すことになる。仕留めるのは――今だ。

 

連撃。幾重にも編まれた重力の球を投擲、そして着弾。四方八方から確実に対象を押しつぶす。

 

接近。懐から脇差しを抜刀、固定された鮫へと進撃する。

抵抗。鮫の周囲に黒球が展開、桐野を捉えようと疾走。

回避。黒球をすり抜け跳躍。雨雲で薄暗い場に脇差しの銀が煌めいた。

 

するり、と刃先が入っていく感覚。幾度となく繰り返した定常作業。鮫の脳へと到達させ、抉る。

 

「あぁ、正装がこんなに返り血に!」

 

素っ頓狂な悲鳴が響く。

 

▼▼▼

 

『適任だろう』

三笠すずへの抗議。退治した鮫は明らかに通常のそれではなかった。何より桐野に抵抗した際に見せた黒球、あれは間違いなく陰陽の類いだ。

 

「第一この仕事の危険性について何も言われていませんが」

『この程度で危機に陥られては困る。第一問題なく連絡をよこしているではないか、御主』

「おかげで一張羅が返り血で濡れたあげく野営しなくちゃいけないんですよ桐野は!」

 

破道を用いた式神通信、あまり長時間できるものではないが、短時間でもよかった。抗議を聞かせなければ桐野の溜飲は下がりそうになかった。

 

「物騒なことは全部桐野にぶん投げないでほしいですね。桐野の役割はもっと繊細で良いのでは?」

『山賊殲滅、暗殺業務、合戦の加勢、これまで御主に頼んだことだが……どれをとっても戦闘要員だ、桐野』

「塾長が指示するからなんですがね……」

『それでも現場に向かうのは貴様の意志だろう』

「はぁ……まともな講師になりたい……」

『それは御主の働き次第だな』

 三笠はそういうと「それに」と続けて

『第一貴様はその為に製造(うまれ)たのだから、桐野』

「わーかってますって」

『なにより、御主には鬼もついているのだからな』

 

くすり、笑いが聞こえる。桐野はそれに答えない。

 

『では切るぞ、対象は鮫、それらを殲滅せよ』

「承知」

 

通信が切れる、そして深いため息が続く。背中に存在する『箱』を一撫でする。その行為に愛おしさのような感情は存在しなかった。

 

あたりはすっかりと夜になっていた。調査を続けるのも困難な状況で、今日はもう明日に向けての英気を養うしかないようだった。

 

「しっかし寒い」

 

しとしとと降り注ぐ雨と水上での野営は冷え込んだ。

 

▼▼▼

 

夢を見た。まだ彼が幼く、何も知らなかった時。原体験的なその記憶。

 

死だ。少年の周囲全てに死が鎮座していた。首をかっ切られた少女、鈍器によって頭蓋を砕かれその脳髄を零した男、陵辱の限りを尽くされた女。その者たちは桐野にとってとても馴染みが深いように思えるのだが、彼は何も思い出せない。

 

かつて大切だった何か、そう考えても何も思い出せない、何も。

 

桐野もまたその死に絡めとられる最中だった。全身からの出血、既に何処が致命傷で何処が問題のない傷なのかわからない、彼は血に沈んでいたのだから。

その最中、彼は見ていた。幾人もの陰陽術師が自らの覗く様を。

 

――――よい検体ではないか。

――――身寄りを失い帰るところもない

――――死んだとして誰も困ることのない

――――ならば使うよりないだろう

 

死に至る時の延長。代償付きの生還。少年はたしかに死の淵から返り咲いた。

死を拒むのなら、全てを喪失しても生へとしがみつくのならば。傀儡になるのだ。全てを任せ、全てを託し、全てを憎み、全てを破壊するために。

 

傀儡になるのだ。

 

変化していくその肉体。桐野の全身に仕込まれた無数の破道術式。肉体は傀儡となり、肉体は武器となり、精神はその純朴な僕となる。

彼にとって世界は狭すぎる牢屋だった。

 

「第三号、返事を」

 

いったい何人が自分のような有様になったというのか、いったい他の者はどうなったのか。全ては知ることのない記憶。

 

「……はい」

「標的はあれだ」

 

刺された方向に映る、童。

 

ーーーー断絶。

 

▼▼▼

 

「御主が破道を肉体に入れたとかいう童か」

 

少女の声、風穴の開けられた世界。彼をもてあそんだ世界の住人は圧倒され、地に臥している。

 

「御主はその力を使っても良いし、使わなくても良い。だが、御主の生に意味を与える手伝いならばしてやろう」

 

ずるり、と脇差しが傍らの死体から抜かれる

 

「そうでないのなら、ここで御主の命を断ってやってもいい」

「どういうこと……」

 

少女はゆっくりと微笑み、答える。

 

「選べ、ということだ。生きるか、死ぬか」

「選ぶ……」

「そうだ、御主がする最初の選択だ。御主はここから始まる」

 

――彼は

 

▼▼▼

 

薄靄の中、桐野は立ち上がる。未だ太陽は上がっておらず、闇に全ては溶け込んでいた。恐怖はない、もとより闇にこそ自らの生きる道は存在していた。今更何に恐れを抱くというのか。

表情に迷いは無く、両の瞳は自らの敵を正確に見据えていた。

 

「ここに何もないなんてこと、あるはずないんだ」

 

右手を正面に翳す、その掌は何もないはずの空間に向けられていた。

 

「進め」

 

小舟が前進し、やがて小舟の先端から突き出していた桐野の手が何かに接触する。

 

「簡単なカモフラージュですね。三流の組織のやることですよ」

 

三笠すずの隠蔽と比較にもならない。あの町中に本拠地を鎮座させ、涼しい顔をしている者とは。

掌に力を込める。体から腕、腕から手、手から壁へ、力を浸透させる感覚。波紋が空中に広がり、歪む。

 

「雑作もないですね。それまで建造物が立ち並ぶ中でこんな空間明らかに怪しいに決まっているじゃないですか」

 

ーー見敵必殺。桐野に今与えられた唯一の行動原理。ただ一片も残さず、ただ清掃を行なう。そこに意志はなく、ただ行動だけが存在する。

 

偽装が解除されるや否や建造物を炎が包む。桐野の背後にはそれとは対称的に氷の壁が迫り上がり、外界からの接続を断つ絶対の防壁と化す。

そこから始まるのはもはや任務ではない。ただ一つの有用性を示すための闘争だった。

開かれた扉、それを探知し起動する防衛兵器(からくり)それらが桐野を討たんと鉄の弾を乱れ討つ。

 

「異常発展の駆動兵器、明らかに通常の守りではありませんね」

 

破道の駆動、斥力の陣が展開され、桐野に弾は到達しない。四方八方から来る全てが空中に留まった。

 

「こんな兵器を鎮圧(こわ)しに来た訳じゃないんですよ、桐野は。兵器はただの人でも仕組みを理解すれば簡単に分解(ばら)せる」

 

そんなものではない。その程度であるわけがない。あの老婆が、あの塾長が、あの三笠すずが自分に下す指令がそんなものであるはずがない。

深部、この深部にその答えはある。

――先日の戦闘が思い返される。

そこにあるものはおそらく――

 

「霧払いさせてもらいます」

 

炎が舞い、開かれた扉から建物内部まで火柱が奔る。全身に力が巡るのを感じる。桐野の肉体に仕込まれた破道、その全てが駆動を行い今闘争のために火柱を建てる。

通路に設置された兵器が奇怪な音を発し、ある物は火柱の衝撃で粉砕され、ある物は焼け落ちた。

桐野が桐野である存在理由。人の身でありながら身体の165カ所に仕込まれた破道、桐野はその使用を間髪なく、際限なく行なうことを可能としていた。例え今の自分が人と大きく道を違えた者であったとしても、闘争は、流れる血潮は桐野に自らの存在と生の理由を感じさせた。

その地獄の業火からの襲撃。飛び出した生命があった。数は七、炎を纏いその身を焼かず、その体躯の美しさは欠片も色あせていない。いかなる場所であっても呼吸は途絶えず、いかなる場所でもその疾走を止めることはない。深淵を思わせるその瞳は、桐野を捉え牙を剥く。陰陽術と兵器の混血生物、その生命体は既に自らの生息地は水辺に限定していなかった。

 

鮫。陰陽の鮫。その本能を、理性により製造(うま)れた産物としての猛威を桐野に向ける。

 

「先日のとはまた違った種類ですか……?」

 

炎の耐性だけではない。迎撃のために放った重力球ですら、桐野は消える瞬間を目撃した。

 

――喰らっている

 

その口が、悪食が、桐野の放った黒球をいとも容易く補食する。刹那、その特性が桐野には理解できた。

 

成長。鮫は一体で一つの生命体ではない。無数の鮫によって一つの生命体として活動を行なう群体なのだ。

一つが学べば全ての鮫が対策を建てる。一つが死ねば、他は死なないように強くなる。重力の球で落とせばそれの対策を、炎に対しては耐性を。

 

「なるほど、これは難しい」

 

当初は圧倒していた桐野もやがて防戦一方となっていた。脇差しで接近を回避するもこのままではじり貧だ。増援として通路の奥に無数の鮫がその姿をちらつかせる。炎と重力の重ねであってもその全てを打破することは叶わない。桐野の使用する破道の火力では殲滅しきることはない。

 

接近した鮫に脇差しをねじり込む。するり、と入っていく感触は先日と違うことはない。

 

ちらり、と脇差しに目をやる。勝機一つ。単純な攻撃への耐久度の不変。

脇差しでは戦力は心もとない、自らの破道では殲滅しきれない。

 

「ぐっ!」

 

 ぽっぽっぽっぽっぽっぽっぽ。

 

右腕に現れた斑点。それを認識した時には既に、遅い。

桐野の右腕に穴が空く。無数の貫通は致命的ともいえる損害を腕に与えていた。

 

赤黒い血が足下に広がる。桐野の破道により床は至るところから浸水が発生しており、その水を伝い鮫は歓喜するように蠢いていた。

 

「ああ……へましちゃいましたね……」

 

飛翔。背後へと破道による逃走。気休めでしかない距離だ。出血は止まることを知らない。視界は霞み、足に力は入らない。根こそぎ奪われた部位の代償は消して小さいものではない。

 

――ならば

一つ、形成を覆す必要がある。

圧倒的火力による一点突破、そして治癒。それを実現できるのはもはや破道の領分ではない。それを実現出来るのは既に人の範囲ではない。

 

「これから先は人ではない」

 

背負った一つの『箱』を下ろす。包帯によって幾重にも撒かれた木製の棺桶のような造形。

 

「執行の時です。――喰らいなさい、滅鬼積鬼(めっきしゃっき)」

 

桐野の声と同時に包帯が弾け、結界のように桐野と箱を覆い隠す。

 

「制限解除、使用承認、破道十鬼型『滅鬼積鬼』駆動」

 

破道十鬼型『滅鬼積鬼』桐野に仕込まれた無数の破道の中で唯一の例外である手持ち兵装であり、規格外。元々違法に強化された破道の中の鬼子、違法と外法の集合体である破道十鬼型。

代償に多くの者は倒れ、死に至る。だが、桐野ならば。破道により体を構成され、破道の申し子である桐野ならば。

 

「――――ッ!!」

 

群体に戦慄が奔る。それは人間の感情に当てはめるのならば恐怖が最も近い感情だった。群体が抉られる。数匹の肉が挽肉となり、宙に飛散する。わずかに逃げ果せた残党も逃げ切れることはない。

箱から来たりし者、それは既に人間の領域に留めておくには遠過ぎた代物。もはやその欲求は箱より解き放たれ、制御出来る者は桐野のみ。その性質は虚無。喰らわれた者を待つのは魂の救済すら許されぬ暗黒のみ。

正面の存在は消失。歪な装飾の砲塔が桐野の前に存在した。

 

「本当はここじゃ使うつもりじゃなかったんですがね……」

 

残ったものは影だけだ。一帯に残った焦げたような跡だけがそこに存在したはずの魑魅魍魎がいたことを示していた。

砲塔の形は消え、滅鬼積鬼であった物は粒子となり桐野の右腕の位置に密集していく。喪失した腕を形作り、桐野に肉体へと置き換わっていく。滅鬼積鬼による肉体の代用。それは滅鬼積鬼に自らの一部を明け渡すことに他ならない。

肉体が滅鬼積鬼に置き換われば置き換わるほど、桐野の存在は薄まっていく。それが契約。桐野が使用者であるためのただ一つの制約。

 

「ん、稼働良好」

 

滅鬼積鬼によって代用された右腕を閉じ、開き、呟く。既に臓腑の一部は滅鬼積鬼の物だ。

 

しかし、桐野はその戦意を緩めることはない。まだ、何も終わっていないのだから。本体。桐野の理解した鮫の特性は、それらを統括する司令塔の存在を彼に推測させた。

 

「そこか……」

 

視線の先、地下へと誘う階段が存在した。

 

▼▼▼ 

 

彼はそこにいた。風穴を開けた内から見える外界、そこに出ることもなく、かつての世界に。喰らうものはかつての残骸で、使役する群体が稀に捉える新鮮な血肉だけがあれば十分だった。彼は、幸福だった。

 

轟音。彼の幻想郷は打ち砕かれる。

爆煙。頭上から流れ込む熱気。そして落盤。

認識。既に情報は得ていた。敵は一人。視認はいらない。ここは彼の城なのだから、位置は掴んでいる。

襲撃。自らの子を放ち乱撃、しかしそれは全て塞がれる。否、喰われている。

 

「終わらせに来ましたよ」

 

男、桐野が現れる。その右腕は左腕とは不釣り合いな程の威圧感。『力』の在処であることを感じさせた。

 

「あなたは、やり過ぎて、また、逃げなさ過ぎた。もしもあなたがただ自由になっていただけならば、もしもあなたがより広い世界に行っていたのなら、もしも桐野と別の出会いをしていたのなら、或いは」

 

しかし、全ては起こらなかった。

 

「五葉塾の理念からあなたは違っていたわけではなかった。元々は。でも、ただここで肥大していき、ただここで犠牲を拡散させ、ただここで全てを終わらせていく。遅かれ早かれ、利用されて均衡が狂う」

 

ーー男は一息つき、告げる。

 

「名は桐野、五葉塾専任講師、三笠すずの勅命を受けてあなたの命、とらせていただく」

 

捉えた敵意に牙を向く。

彼がやってきた時、まだ彼は子鮫だった。幾重にも施された陰陽術式、自らの行動範囲制限を突破する空中浮遊、いかなる環境でも生存を可能とする環境適応、彼の肉体に損害が出れば即座に修復が行なわれる自己再生、物体を転移させ喰らうことを可能にする空間転移、自らの予備を作り出し情報を共有する自己繁殖。彼はそれまでの生命の一段上の段階へと進んでいた。はずだった。

 

「あなたは桐野に似ています」

 

打ち砕かれていく。

 

「闘争の中だからわかる。あなたは陰陽術の粋を集めた完成品、桐野は破道の粋を集めた完成品」

 

彼の城が、彼の全てが。

 

「破道は所詮陰陽術の劣化品ですが、それが本家を超えれぬ道理は無い」

 

咆哮。陰陽術の申し子はその自らの力の蓋を解放し、迎え討つ。空間転移の応用、宙に現れた無数の固定砲台。

砲撃。砲撃。砲撃。そして塞がれる全て。桐野に到達する前に弾丸は飛散し後には音も残らない。滅鬼積鬼により喰われた弾丸の行き先は、無い。

理解不能。彼に滅鬼積鬼の記録は何も活きはしない。ただ対策も対応も無く攻撃は防がれる。桐野の右手に吸われるように消されていく。

桐野の四方八方を黒球が包囲し、圧殺せんと接近するも無効。無数の子鮫の特攻、食らいつく前に消失。その攻撃をすり抜け、破道による殺意の具現、砲撃が押し寄せる。

 

理解不能。理解不能。理解不能

 

身は削られ、咆哮に血が混じり、浮遊にブレが生まれる。

 

「一撃で、済ませていただく」

 

桐野が駆ける。徹底した迎撃態勢を取るも効果無し。幾重もの砲撃を、幾重もの子鮫の牙を、幾重もの転移による攻撃を、全てを交わしきる。

 

跳躍、水の中から空中へ、壁を蹴り更なる加速。接近。打ち出すは拳、密着、滅鬼積鬼により人でなしの最終砲撃。

貫通。咆哮に断絶、自らの身体から心の臓を抉られたことを彼は悟る。

 

「あなたは桐野と同じです。同じように命を弄ばれ、力を得た。あなたは自ら世界に風穴を開け、桐野は世界に引っ張りだしてもらった」

 

言葉の通じる通じないではない。あるいは桐野が今同じ状況だった過去も存在していたかもしれない。

 

「桐野は生きます、例え同胞を殺し続ける定めであろうと、それが道を破壊された桐野の唯一の生きる道なのですから」

 

鮫の体が弾け飛ぶ。地下に降り注ぐ紅、返り血が桐野を染め上げ、こぼれ落ちる。

桐野が目をやると右腕には包帯が既に巻かれていた。闘争を終え、必要がなくなったと滅鬼積鬼が判断したのだろう。一帯にはもう桐野以外に生命は存在していなかった。一体も残らずに。

煙管を噛む。濡れて火がつくことは無かった。

 

▼▼▼

 

数日後、五葉塾、塾長室。桐野は三笠すずと対峙していた。いや、説教されていた。

 

「ご苦労だった」

「はい」

「……と言いたいところだが」

 

明らかに顔は引きつっていた。その目は既に桐野にとって慣れっこだった。そして何を言われるかも。

 

「たしかに片をつけてこいと指示はしたがな」

 

うんざりした様子で三笠すずが言う。頭に手を当て、頭痛を痛がるようなそぶりをしていた。

 

「誰が建物も打ち砕けといった! 誰が目立てといった!」

「あまり大きな声を出さないでくださいよ……滅鬼積鬼をからくり腕に置き換えてまだ痛いんです、傷に響くんです」

「却下だ。滅鬼積鬼も偽装してなぜ持っていかない、あんなもの目立つに決まっているだろう」

「塾長が桐野にすぐ行けと言ったのでしょう」

「程度があるわ。御主、薄々思っていたが相当な愚者だな」

「まともな教育を受けていないもので……」

「この三笠すずを間接的に愚弄するとは大したものだ、塾講師がまともな教育を受けてないというのもとんちが効いている」

 

そして一言。

 

「御主に与えるコマは無しだ」

「そんな! それとこれとは別ですよ! 桐野もまともな仕事を!」

「うるさい! せめて騒ぎを起こさず仕事を全うしてから言え!」

 

そんなやり取りをしていると不意に三笠すずの表情が変わる。

 

「……何か?」

 

 察しがついた表情で桐野が聞く。慣れたものだ。だがこの生活に安らぎを感じている自分もまた理解していた。

「さっそくで悪いが式神から情報が入った。仕事の時間だ」

 

小さくため息をつく。

その表情は先までの物とは違っていた。

 

「承知」

 

▼▼▼

 

「始まる訳、ないよ」

「ほう、なぜそう思う」

「僕は、もう人じゃないから」

「面白いことをいうな、人でなしが生きてはいけないか」

「だって僕はもう何も」

「今日変わった、今変わった、貴様の歪であった道はこの三笠すずが徹底的に希望的に容赦なく遠慮なく考慮なく思慮なく破壊した」

「道、なくなっちゃったじゃん……」

「道など無くてはならない者だけがあるけば良い。御主の体に埋め込まれたものは破道、人ならざる者にふさわしい。なによりこの三笠すず、人道などとうの昔に看破している」

「……出るよ」

「ほう、ここから外へ行くというか、死んだ方がましだったと、つまらなくつらい連続が御主を待っているとしてもか」

「そんな連続、破壊してみせるよ」

「ふははははっ、実に面白い。良いだろう……」

「何がさ……」

「ついてこい、五葉塾の求めるものは道を看破したその先、道を破壊され、破壊していくぬしのような者こそふさわしい」

「ごよう…じゅく……」

「そう、そして御主の帰る家だ」

 

それは幼き日の記憶、桐野が動き出した原体験。

 

道なき道を、今は往く。

 

《完》 

 

本来、他の短編で説明されていた設定(他の人が作った)とか脳内設定を一部書いておくと

 

・七稜

 大結界内の世界の総称。
 “明治”の次の元号でもある。
 物語開始時点は七郭 百三十八年。
 
・五葉塾
 七稜郭の起動により外界と隔離され、魑魅魍魎が蠢くこととなった近畿地方教育機関にして管理機関。
 旧神祇省特務部をルーツに持ち、学問と陰陽道の教授や紛争管理を通じて七稜郭内における霊的技術の発展を目指す。

 

・道符 

 陰陽術を込めた符。なんかいろいろ能力が使える。

・破道 

 道符のリミッターを外したり違法改造した符。殺傷力が高いものが多い。

・桐野さん 

 キリングする野さん。体にめちゃくちゃ符を埋め込まれている人間凶器だよ。

・三笠すず 

 ロリババアだよ。安倍晴明式神なんだよ。幼い時と今では表向きの性格は違うよ。他の人が書いた短編では三笠すずリリィがいるよ。

 桐野さんを救ってスパルタに育てたよ。桐野さんは三笠すずになんだかんだ頭が上がらないよ。

 

やだ・・・びっくりするほど厨二病・・・・・・

 

だれか〜二次創作してリブートさせてくれ〜たのむ〜たのむ〜

 

今度こそ終わり。