えのログ

人生五里霧中

鳩羽つぐのこと

「ねえあんた、保育園の時のアルバム持ってない? 卒園式の」

 
久しぶりに電話をかけてきたと思ったツイン照子が開口一番にいった言葉はそれだった。

 

「あるわけないじゃん。俺、小学生も中学生も高校もその手のアルバム帰りにダンクシュートして捨てたし」
「あんたの非リア昔話は聞いてないし、ないならいいわ。じゃあね」
 
そう言ってあっさりと通話が切られる。
でも、僕はどうしてツイン照子が急にこんな電話をしてきたのか察して、本棚の隅にある保育園のアルバムを見つめる。
捨ててなんてなかったのだ。ただ気づいてはいけないような気がしていただけで。
 
▼▼▼
 
ひいおばあちゃんの葬式で僕はわんわんと泣いていた。
「これを着なさい」ある日、母さんだかおばあちゃんにそんなことを言われて白いシャツと黒いズボンと靴下を履かされて、普段はそんな窮屈な服を着ないものだから僕はすぐにぐずっていた。
そうして当時二階建てだった僕の家の二階に上がって冷たなったおばあちゃんと対面させられる。
それまでトーマスのオモチャをくれたりしていたひいおばあちゃんが何故だか冷たくなっていて、話さなくなったことに僕はショックを受ける。
「もう会えないのよ」
そんな言葉で僕は状況を子供ながらに理解してワンワンと泣く。
ただ、そんな記憶もだんだんと薄れて保育園の生活の中でそういうこともトラウマにならないで日々を過ごす。
 
でも、その時の白い肌を僕はつぐちゃんと会った時に感じていて、保育園では色々な人と手をつないでいるのにどうしても
つぐちゃんと手を繋ぐのは怖くて、結局つないだ記憶は無い。
 
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つぐちゃんに僕が”にしおぎくぼ”に連れて行ってもらったのは保育園で『しんかんせんぐみ』から『ひこうきぐみ』へ上がった時だった。
そうなってくると母も父も「まあ土日に公園に遊びに行くぐらい良いだろう」となって僕は一人で公園へいく。
結局一人で行ってやることなんてたかが知れているのだけど、大抵近所のツイン照子も一緒だったので、水鉄砲を持参したり、
船のような遊具があって、そこでジャンプして頭から落ちて病院に連れて行かれたりと色々それなりに楽しんだりする。
 
でもその日は公園についた途端に雨が降っていて僕もツイン照子も「帰ろうか」なんて話をしていた。
その時に声をかけてきたのがつぐちゃん、鳩羽つぐちゃんだったと思う。
 いつから僕やツイン照子と話すようになっていたかは思い出せないけれど、雨で外で遊びようがない時につぐちゃんが言った。
 
「ビデオとろうよ」
 
という言葉はとても良いアイデアに思えて僕もツイン照子も彼女に付いて行った。
 
「にしおぎくぼにはね、電車に乗らないといけないんだよ」
 
僕とツイン照子よりも年長のように見えた鳩羽つぐを見上げるようにしながら僕とツイン照子は電車の時刻表を見つめていた。
電車にはろくに乗ったこともないし、僕が持っていたお金はガチャポンようにもらった200円だから「もう帰ろうかな」なんて思う。
 
「だいじょうぶだよ、ここにお金をいれるの」
 
チャリン、一枚で簡単に切符が買えた。
今考えるとどうして一枚で切符を買えたのかわからないけれど、僕はそうして電車に乗った。どこから乗って、どうやって降りたかは覚えていないけれど、電車の窓から覗いた雨模様とは逆にワクワクしたことを覚えている。
雨が降った時の独特の匂いも普段と違うようだった。
 
つぐちゃんの家はお母さんもお父さんもいなくて、少し薄暗くて、僕はツイン照子の後ろを歩く。
妙に広いリビングにテレビでしか見たことないような機械があって、僕は戦隊ヒーローもののロボットの中を思い出して楽しくなってくる。
 
「ここでね、ボタンを押してほしいの」
 
そう言って、ビデオカメラを指差してつぐちゃんは言う。
そうして”ビデオを撮る”遊びが始まる。
雨が降るとつぐちゃんがやってきたり、僕とツイン照子は”にしおぎくぼ”に行ったりしてビデオを撮る。
撮ったものの見方もわからないから撮りっぱなしだけど、カメラの前で話すつぐちゃんのことを
 「テレビみたいですごいね」なんてツイン照子と話す。
 
でもどうして忘れてしまっていたんだろう。
雨が来るたびに、そんな遊びをやっていたのに僕は小学校に上がってそういう遊びを一切しなくなったことを思い出す。
小学校に上がって会わなくなった友達はたくさんいた気がするけれど、そもそもつぐちゃんは保育園にいた子だったのかも思い出せない。
 
そうして僕は卒園式の日、写真を撮ったことを思い出す。
 
「写真とるわよ」
 
言い出したのはツイン照子だったか。
そもそも同じ小学校に進学するのに必要ないんじゃないかなんて思い返すと言いたくなるが、節目というものをツイン照子は昔から感じていたのだろう。
 
「つぐちゃん、とりましょ」
 
そうツイン照子が言った。それで三人並んで写真を撮った。
 
「        」
 
あの時なんて言われたんだろう。なんて答えたんだっけ。
 
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仕事で外回りをしている時に西荻窪駅を通過して僕は違和感に襲われる。
こんな駅だったっけ?
別に降りる必要のない駅なのにアポイントまで時間があるものだから、降りてしまう。
僕の記憶の”にしおぎくぼ”とは似ても似つかない駅だった。
 
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少しでも何かを残しておきたくてタイピングをしている。
僕が覚えていることはもうおぼろげで、これをブログに投稿できるんだろうかなんて考えながらキーボードを今こうして叩いている。
 
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Youtubeキズナアイにはまっている僕は自動再生で色々なバーチャルユーチューバーを流し見する。
ツイン照子が電話をしてきた理由を知る。結局ツイン照子もオタク趣味なので同じように知ったのだろう。
そうして思い出したのだろう。
 
流れる1分ほどの動画を見て、僕の中に色々な感情が去来する。
 
なんで今なんだ。
だってこれは保育園の時だろう? この視線は僕だったっけ? ツイン照子だったっけ?
やたらとクリアになった映像は紛れもなく僕の記憶の片隅にあったあの時で、心臓が早鐘を打つ。
なんで、なんで、そんなことを考えながら僕はツイン照子に電話をかけ直す。
 
本棚からアルバムを取り出してページをめくってあの時の写真を見つけようとする。
 
「なによ」
 
不機嫌そうな声がする。21時以降に電話をするのをツイン照子は嫌っているけど元々電話をかけてきたのはツイン照子なので無視して話をする。
ページをめくる。
卒園式のツイン照子と並んだ写真がちらりと見える。
 
「悪い、アルバムあったわ。つぐちゃんのことでしょ? 」
 
そう言って、ツイン照子は言う。
 
「なんの話?」
 
写真には僕とツイン照子の間にぽっかりと空間が空いていて、
そこには誰も写っていなかった。
 
《おわりー》