えのログ

人生五里霧中

バファリンをむさぼり食う正義のヒーローになりたい

バファリンをむさぼり食う正義のヒーローになりたい。

バファリンをむさぼり食う正義のヒーローになりたいという欲求は誰しも持つものだと思う。
だから今日はブログでバファリンをむさぼり食うヒーローについて話したい
 
普通はバファリンをむさぼったりしない。適量が必要だからだ。
ーーある日、この世の無慈悲に襲われる人々を救えと強引にヒーローの役目を押し付けられたえのき以外には。
 
世界は無慈悲に満ちている。
優しさの欠如は人が人を蹴落として、
「あなたのためを思って」だとか「普通こういうものだよ」なんてエゴが”思いやり”なんて皮を被って人を殺す。
だからこそ、"優しさの彼岸"から怪人が生まれたところで誰も気付きはしない。誰も助けはしない。
 
 “優しさの彼岸”は怪人という姿を纏って人々を緩やかに殺す。
それは人類という種を真綿で首を絞めるように殺すことだ。
 
「だからあんたに救えって言ってるのよ」
 
ツイン照子は僕にやたらと装飾の付いたベルトを渡してそう言った。
冗談じゃないよ、なんでそんな意味わからないことをやらなきゃいけないんだ。
そう抗議したところでツイン照子は聞いてくれない。
 
「これでも使いなさい」
 
そう言って僕にバファリンを渡す。
 
ーーバファリンの半分は優しさでできている。
僕はバファリンをむさぼり食べて優しさを得て怪人に立ち向かう心を得る。
 
優しさは全ての原動力だ。
何かを落とした人に声をかけるのも、体調が悪そうな人に席を譲るのも、道端で倒れた人に手を差し伸べるのも優しさがあるからこそだ。
優しさがあるから人はヒーローに変身できる。
 
えのきは何かを落とした人に声をかけない。体調が悪そうな人に席を譲るのは世間体だし、道端で倒れた人には嫌なものを見た気がしながら声をかけて後悔する。
結局、優しさなんてどこにもなくて、優しさはえのきの行動の根源に存在なんてしていない。
 
そんなえのきがバファリンをむさぼり食ったところでヒーローなんて土台無理な話だと僕は思う。
 
人類は愚かだ。故に救いがない。
ヒーローになった僕が目にする光景はこの世の過ちを煮詰めたような地獄だった。
この世の地平全てが例えるなら炎で赤黒く燃えている。
人々は呻き、泣き、わめき一切が絶望にもがいている。世界が、社会が、人が人を苦しめる。
赤子を縊り殺し、その血を持って一時の涼しさを味わおうとする母親がいた。
炎に焼かれながら自らの娘を犯す父親がいた。
そうして”優しさの彼岸”はどうしようもなく人間そのものだった。
 
えのきは美しくない。えのきはどうしようもなく小者で、何か行動を起こす時にどうしようもなく人の目線を気にしてしまう。
 
バファリンを飲んで戦うーーでもそれは本当に自分の意思なのか。
バファリンを飲んで戦うーーそれがなければ見捨てていたんじゃないか。
バファリンを飲んで戦うーー本当に、こんな人々を救う価値があるのか。
 
えのきにそんなに人々を助ける気持ちもないし、"優しさの彼岸"に人々が奪われたところで
動く心なんて初めからなかったのだ。
 
それでもバファリンをむさぼって変身する。
“優しさの彼岸”は日に日に強くなって、手に負えなくなってくる。
僕はどうしようもなく戦うことが嫌になる。
だって、怪人を生み出しているのはどこまでいっても人間なのだから。
いくら消そうと消えることのない人間の悪性、それが”優しさの彼岸"
 
育児に疲れた親がいた。
仕事に疲れた果てたサラリーマンがいた。
学校で友人に突然いないことにされた子供がいた。
 
みんな、そうして”優しさの彼岸”になる。怪人になる。
戦いは終わらない。延長され続ける最後の戦い、繰り返される戦いにえのきはうんざりとして涙を流す。
 
そうしてやがてえのきのバファリンは尽きる。
無い、無い一錠もない。
薬局に行っても”優しさの彼岸”はバファリンをこの世から消していた。
この世に外注できる優しさなんて、無い。
 
「えのき! “優しさの彼岸”よ!」
 
察知してツイン照子が僕に言うけどもう一錠もバファリンは残っていない。
半分ですら優しさは残っていない。
 
「ツイン照子、僕はもうだめだよ」
 
えのきはうずくまって、泣き言をこぼす。
 
「騙し騙しやってきたけどだめだよ、えのきは優しくなんてない。
 人に自分を主張できないだけで、ただ都合よく動いているだけなんだ。
  ツイン照子にだって嫌われたくなくて、こうしてバファリンに頼っていた。
  優しくなければヒーローじゃない。半分の優しさもないえのきはヒーローになんて、なれない」
 
どうしようもない現実。それが真実だ。
バファリンの半分は優しさで出来ている。
それは人が残した最後の善性で、僕が何かを起こす時に必要な優しさだった。
 
バファリンの無いえのきが何かを落とした人に声をかけるか、人に席を厚意で譲るのか、道端で倒れた人に手を差し伸べるのか。そんなことを悩む自分が人を救うのか。
ーーなんて、浅ましい。
 
「はあ? 何言ってんの」
 
ツイン照子が突き放したように言う。責められたってどうしようもないのだ、優しさがなければ変身できないのだから。
もう、バファリンは無いのだから。
 
バファリンなんて、所詮半分でしょ」
 
そう、ツイン照子は言った。
まるで当たり前のことのように、えのきを信じきったように、えのきの浅ましさを見つめたまま、言う。
 
バファリンなんて無くても、あんたには半分残っているんでしょ」
 
「ここから飛び降りろ」と笑いながら人を虐げた人がいた。
「こんなの普通でしょ」と誰かの全てを否定した人がいた。
園児が遊びで蟻の足をもぐような無邪気さで何かを台無しにする人がいた。
 
ーー世界を呪う自分がいる。
でも、バファリンを飲んだあの時、自分は何を思っていたのか。
 
かつて、自分をヒーローは助けに来なかった。
えのきはただ怯えていただけだった。
 
ーーこれでも使いなさい。
だから、あの時僕はバファリンをーー
 
鎮痛作用によって抑えられていた何かが消えていく。
焼けるような熱さが体に蘇る。
何かを落とした人に声をかけたかった。
体調が悪そうな人に席を譲りたかった。
道端で倒れた人を助ける勇気が欲しかった。
 
ーー自分に欠けた優しさが欲しかった。
 
そして、それを得るのは今だった。
 
「ツイン照子、どうしようもない無茶振りだよ」
 
空は暗く覆われている”優しさ彼岸”は幾重にも連なり空を埋める。
 
「だって半分しかなかったんだ」
 
街は打ち砕かれ、怪人が蠢く音が響き渡る。
 
「でも飲んだじゃない、バファリンを」
「わかってる、わかってるんだ」
 
そうしてえのきはベルトを装着する。
ベルトは戦いの果てに派手な装飾は壊れ落ちて、シンプルな真の造形を見せていた。

鼓動がするーー全てはこの胸の中に。
腕を伸ばすーー幾度となく繰り返したポーズの再演だ。
ひねりを加えてベルトに触れるーーそう、これは誰もが持つ感情の発露。

 

「ーー変身」
 
光は収束し、姿を形作り、人を変える。
その戦いの行方はーー誰も知らない。
 
ーーバファリンの半分は優しさで出来ている。
 
《完》