えのログ

人生五里霧中

マックで女子高生の会話を聞いていたら拍手喝采になって異世界転生トラックが突っ込んできて正論フルボッコだった話

この間渋谷のマックでダブルチーズバーガーを食べていた。
えのきはマックはそれなりに美味しいと思っているのだけど、社会人になってからチェーン系じゃないバーガーを食べることが
増えたものだから「マック!ジャンク!hamburger&Cola!!!体をアメリカに染め上げる!!!ウォウウォウウォウ!!!!!
などとマックをワクワクしながら食べようとすると、
 
「あれ……ダブルチーズバーガー……おまえ、こんなに小さな体で今まで……」
 
みたいな少年漫画で主人公が成長することによりこれまで自分を助けていてくれたバトル系ヒロインが決して万能の存在じゃなかったということに
気づくシチュエーションを味わえるので二度美味しい、量は足りない。全く足りない。
 
ビッグマック……こんなに小さくなって……」とは北海道民の友人の言葉で名言だ。
 
さっきのダブルチーズバーガーはそれのパロディだ。気に入ったんだ、許してくれ。
それはそれとして時の流れは残酷だ。ビッグマックですらビッグであり続けることが難しいのだから。
概念は流転し、石は転がり続けるのだ。

 

ツイン照子には維持でもビッグマックとかを食べて欲しかったんだけど
「あんたの趣味に付き合う気はないわね」
とか言ってアップルパイを食べていた。
でかすぎるハンバーガーをもがもが食べてるツイン照子を微笑ましく見る過去に傷を負った殺し屋のムーブをしたいというえのきの願いは叶わなかったのだ。
現実は残酷で、夢や純粋な願いは敗れるものなのだ。
 
「あんた、私にあんまり話しかけない方がいいわよ、変な目で見られるから」
 
変な目ってなんだ、ツインテールだからか。
ツイン照子のツインテールは完璧なツインテールなのでそんなことは無いはずなのだけどツイン照子は、
口数が少なめなのでえのきも自然と食べることに集中する。
 
そうこうしているとなんだかマックが騒がしかった。
もともとマックは騒がしいが街頭演説をしているような様子だった。
 
意識をざわめきの方に向けて見ると二人組がハンバーガー片手に話をしているようだった。
 
「世界が限界だし、もう完全に移動しようかと思っているんだよね」
「マジで動いた方がいいよ」
「そうだよね……私も哀愁とか言ってちゃダメなのかな」
「そういう問題じゃないよ、根本的に自分の世界を救おうとしないウチらとかありえない」
 
女子高生だ。マックの女子高生だ。
マックの女子高生二人が会話をしていて、それを周囲の人間が聞くたびにやたらと反応している。
 
「そうだ」「そうだよ」「このままじゃダメなんだ」「女子高生の言葉に思わずハッとしてしまった」
「名言だと思う」「ぐうの音もでない正論」「やっぱ世の中動かんとダメだわ」
 
女子高生を取り囲むように拍手喝采が起きてスマホを見ている人たちは一心不乱にスマホをタップしまくっている。これはTwitterでバズるツイートが乱舞しているにちがいない。
それにしたって状況は異様な感じで、やばい商売か何かでもやっているんじゃないかと思ってマックから出ようかなと思っていたその時だった。
 
ーー強烈な違和感、それもえのきに対して突きつけられるような何かがあった。
 
「まずいッ!」
 
ツイン照子が急に立ち上がる。え? なにアップルパイがなんか腐ってたとか?
と思っているうちに首根っこ掴まれてマックの隅の二人席からレジ前あたりまで体が浮く。
 
轟音と共にさっきまでチーズバーガーを食べていた席へトラックが突っ込んだ。
周囲の人間は喝采をあげていて肉体がみるみるうちにトラックへとトランスフォームしていく。
人間が、トラックに、トランスフォームしていく。
異様な光景だった。
 
「こんな街中で仕掛けてくるなんて正気なの!?」
 
珍しくツイン照子が動揺したような声をあげる。
いや、割と夏場にでてくる黒光りしてカサカサ動く例のGとか見ると叫んでるけど。
 
「え、なに? なにが起きてるの?」
「あんたは黙ってなさい舌噛むわよ!」
 
強烈な加速によるGが全身にかかってくる。「殺人的な加速だ」なんてガンダムW台詞を思い出すけどそれどころじゃなくて言葉も発せやしない。
ツイン照子に横抱きにされてマックの出口へすっ飛んでいく。
 
■■■■■■■■■■■■ッ!!」
 
ツイン照子が何かを唱えると衝突するはずだった壁やガラスで作られた扉をすり抜けて渋谷の空中に躍り出る。
 
ーー逃がさないよ。
 
エンジン音が渋谷のいたるところから響き渡っていた。
軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、
軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、
軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、
軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、
軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、
軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ、軽トラ。
空中から見た地上を軽トラが埋め尽くしている。サメ映画でサメが水槽に蠢いているように軽トラが蠢いている。
 
まるでツイン照子とえのきを轢き殺そうとしているかのように。
 
「あんた、”あいつら"が見えたっていうの!?」
「あいつらって!?」
「女子高生に決まってるでしょ!」
「見た!Twitterだけじゃなかったんだって感動した」
「あんたもう黙ってなさい! 伝承からの概念がここまで強固に形成されているなんて……
 めもりをぶち破ってくるなんて存在強度が強すぎる、あいつらきっとーー」
 
渋谷の地上を見下ろす。
さっきまで昼間だったというのに太陽の光が失われていた。
ぱっ、ぱっ、ぱっ、ぱっ、と道路の街灯や店の明かりが消えていく。
渋谷という世界が闇に満ちる。
 
「境界を作られたか……っ! 聞いてるんでしょう! あんたたちどういうつもりなの!」
 
ツイン照子は空中から何故か落下しないまま、そう声を張り上げる。
その声に応えるかのように爆音を鳴らして渋谷のビックカメラの映画のポスターを突き破り、空中のえのき達に向かって軽トラが突っ込んでくる。
軽トラ神風特攻攻撃だった。
ツイン照子が何かを唱えるたびに急加速で空中を弾丸のごとく接近してくる軽トラを板野サーカスも真っ青の空中機動でかわし続ける。
 
「し、死ぬ! あんなの当たったら死んじゃうでしょマジでどうなってんの!?」
 
そんなえのきに応えるように、声がした。
 
「いいえ、悪いようにはしないわよ、ただこっちの世界に来てもらうだけ」
「つーかさ、そこのツインテール、邪魔だよ」
 
女子高生二人がマックを出口にある階段から空中のえのき達のことを見上げていた。
 
「”あっち側”が何のようだっていうのよウチのえのきに」
「勝手なことを言ってくれるよね、ウチらだって転生者探しっぱなしだってのにさ」
「ウチらの世界もカツカツだからね、それぐらいさせてもらうよ」
 
えのき、話に全くついていけない。
ただ何か前にツイン照子が言っていた”あっち側"という言葉には聞き覚えがあった。
そう、いつか、どこかで聞いたはずだ。
 
「こっちの世界は限界なんだ! 転生者が必要なんだ!」
「だからウチらはこんな風に異層まで概念転移してやってきた」
 
マックの女子高生が軽トラに乗ってかっ飛ばす。物理法則を無視して宙に浮く軽トラックが迫ってくる!
 
「えのき、あれには絶対跳ねられるんじゃないわよ! ”飛ばされる”から」
「“飛ばされる”? 一体どういう」
「話は後、こいつらを私は片付けるっ!
 ■■■■■■■■■■■■ッ!!」
 
ツイン照子の聞き取れない言葉と共に五芒星のようなものが展開されて、迫るトラックに対しての壁となっていた。
ギャリギャリギャリ! という音と共に軽トラが唸りを上げてツイン照子とえのきを轢き殺そうと前進し続ける。
 
「えのき、逃げるわよ! 酔うから気をつけなさいっ!」
「え、ごめん吐きそうなんだけど……」
「吐いたら絶対殺すわよ!? 殺すからね!」
 
ステップするように視界がパッ、パッ、パッと切り替わる。
数十メートル範囲を瞬間移動しながら空中を進んで行っているようだった。
ツイン照子がなぜこんなことをできるんだ、なんだこれゼロシフトか、『ZONE OF THE ENDERS』はめっちゃ爽快ロボゲーだったからまた同じシステムで新しいシナリオやってみたいなあとか全然関係ないことを考えたりする。人はどうしようもない状況になると思考がぶっ飛ぶのだ。
楽器屋のKEYが見える、ヒカリエが見える、渋谷のすべてのポイントで高速瞬間移動が繰り返されていく。
「■■■■■■■■■■■■」
ツイン照子のよく分からない言葉が時折聞こえて景色は巡っていく。
 
「逃がすかぁ!!」
 
女子高生の声が聞こえて来る。
至るところから発生する軽トラから逃れやがてスクランブル交差点へと跳躍が到達する
 
109の『0』と『9』から軽トラが発射された。
スタバとTSUTAYAのやたら洒落臭いビルからも軽トラが発射された。
センター街からは大型トラックがウィリーしながら発進してきた。街が滅茶苦茶じゃねえか。
 
ーーすべてのトラックが殺意に満ち満ちていた。
衝突/衝突/衝突/衝突/衝突ーー殺意に満ちたトラック達が行き場のない殺意を互いに正面衝突し事故の大連鎖を引き起こす。
地上トラックの凝縮率が臨界に達した。一台の軽トラの爆発が連鎖を引き起こし大炎上を引き起こす。
スクランブル交差点が炎に飲まれ壊滅した。
 
「そんな……なんだ、なんだよこれ!」
 
ーー爆発殺戮渋谷交差点、そんな言葉が脳裏をよぎる。
 
「やりすぎよ、正気じゃないわよこんなの!」
 
熱気から逃れるように更なる上昇するツイン照子とえのきに向かって絶叫が聞こえる。
軽トラックの声が、トラックの声が、渋谷という世界の絶叫が。
その絶叫を切り裂くように爆煙の中から軽トラックが滝を登るように上昇してくる。
 
ーーマックの女子高生だ。
 
「こっちに来てもらうよ! そっちのメモリ! ウチらによこせ!」
 
空中を滑走する軽トラ『ダイハツ ハイゼットトラック』が女子高生達が駆る車種だった。
えのきは一時期軽トラを乗り回していた時代があって、少しだけググったりしてかじったことがあるのだ。
マニュアル軽トラは最高だ、なんといってもギア4からだろうと発進ができるのだから。
自分を跳ね飛ばそうとしてくる軽トラは最悪だ、なんといっても身の危険しかないのだから。
ーー空中を駆け上がる軽トラはもっと最悪だ。
 
「ずっと探してたんだ! こっちに来てもらうよ! 転生者として!」
 
軽トラのギアが上がったかのようなエンジン音が耳に突き刺さり、高速で、しかし意識としてはゆっくりとツイン照子とえのきへにじり寄る。
だが、ツイン照子は動揺しなかった。
 
「それは無理よ、もう起動式は完成したから」
 
そう、ツイン照子が言った。
 
パチンーーツイン照子が滅多に成功させない指鳴らしを成功させる。
 
ぴたり、とその音に呼応するようにトラックが空中で静止した。
座席に座った二人の女子高生の表情が固まる。
 
ツインテール、あんた……まさか逃げながら”起点”を設置して……」
 
マックの女子高生の攻撃的だった顔の頬に汗が流れているのが見える。
それはもしかすると冷や汗なのかもしれなかった。
 
「そう、そのまさかよ。渋谷一帯を包むように七稜郭起動式を展開したわ。
 この場所を中心に5箇所、更に天と地に向かい術式が伸びる。
 時期に概念回帰が始まる。
 もうあなた達の世界はこの世界に留まれない。さあ、概念回帰してもらうわよ。元の世界にお帰りなさい」
 
ーーツイン照子が、言い放つ。
 
「冗談じゃないよ……」
 
マックの女子高生が悔しそうに言う。
それはさっきまでとはぜんぜん違うまるで涙をこらえているような声で、えのきは巻き込まれただけなのに何故か罪悪感が湧いてくる。
 
「こっちの世界はどん詰まりなんだ。”魔王”を倒すには主人公概念が必要だし、世界を動かすにも物語が必要で」
「私たちの世界にはもうそれもない」
「このままじゃみんな概念層からも消えてしまう!
 だから転生者で物語を作り出して世界を維持しようって、一人こっちからもらえばウチらは良かったってのに!
 それがこんな簡単に邪魔されて!」
 
何を言っているかわからない。
マックの女子高生たちが何かを訴えようとしていることはかろうじてわかったけれど、それが何かえのきには伝わらない。
 
「だから、だからっ!」
 
そう、言葉をマックの女子高生が絞り出そうとした時だった。
 
 
 
「だからなんだっていうのよ、あんたたちの世界が消えようとえのきを”こっち側"から持っていく理由にはならないわ」
 
ーーツイン照子がそう言って、切り捨てた。
 
「あんたたちの世界がどん詰まりで、主人公がいなくて、物語が生まれなくて、絶望しかないことはわかったわよ。
 そっちの世界のすべてがたった一人の”転生者”でどうにかなるってこともね
 ーーでも、それはそっちの都合だわ。えのきには関係のないことね
 私がもらっためもりを渡す筋合いはなおさら無いわ」
 
「残酷ね、でもーー正論だわ」
「ええ、とっても残酷な、言葉」
 
マックの女子高生たちが乗っていた軽トラが粒子へと変わり飛散して宙へと消えていく。
女子高生たちは宙に浮かんでえのきたちを見つめている。
ーー現実は残酷で、夢や純粋な願いは敗れるものなのだ。
 
何か切実な想いがこの事態を引き起こしたのだろう。
だからこそ軽トラ総動員でこの大惨事が起きたのだ。
彼女たちには理由がある。きっと、それはとても大切で、こんな強攻をするくらいに。
 
「あーあ、私たちはこのままじゃ虚構還りだよ。どうしよっかな」
「仕方ないよ、ウチらが届かなかった。やりきったけど、出来なかったんだから」
 
ツイン照子の表情が硬い。まるでポーズで表情を崩さないようにしているみたいだった。
ツイン照子は残酷ではない、ただ、当たりが強いだけだ。だからきっと何か思うところがあるんだろう。
 
「ーーなに諦めてんのよ、あんたたち、概念転移までして世界を救おうとしたんでしょ」
 
ツイン照子が、言葉を紡いだ。
 
「世界が残酷で、物語もなければ主人公もいないのはわかったわよ。
 あんたたちの世界がどん詰まりで、それで何もないんでしょ。
 それはわかったわよ。痛いほどにね。
 
 ーーあんたたちが作りなさいよ。世界を、廻し続けなさい」
 
えのきには理解の出来ない言葉。
だけど、そこにはツイン照子の意志が込められているような気がした。
 
「そんな……」
「ウチらでって……」
 
世界を廻し続ける。
それは難しいことだ。
終わった物語を再動させることほど難しいことはない。
えのきは何かの続編を書くことも、二次創作することも苦しみながらやっている。
ケリがついたことを動かすことはそれぐらい、難しい。
現実の人生に物語はなくて、人生に動き出す起点もフラグも在りはしない。
ーーそれでも、何かを作り出せることはできるのだ。
 
「でも、ウチらは所詮人たちの話から生まれた概念で」
「どんな神話も伝説も、はじめは一人の妄想よ。
 あなたたちと変わらない、誰かの願いでしかないでしょう。」
 
それはとても残酷で、優しいツイン照子のエールのようだった。
マックの女子高生なんて嘘だ。
どこにでもいるけれどどこにもいない。
人々の飛び交う言葉の中にだけ生まれた存在だ。
多くの人がバカにした。
嘘松乙」
なんて安易なコピーされた言葉で。
ーーそれが、どれだけ彼女たちの存在を蔑ろにしただろう。
 
でも、その形作られた概念には人の想いが確かに込められている。
限りなくコピーされただけの嘘でも、そこに一握りの真実は混ざりこむ。
それならばーー
 
「作りなさい、物語を、主人公を世界再構成の物語を」
 
ーー物語から生まれた存在が物語を作れない道理は、ないだろう。
 
「還りなさい、”マックの女子高生”。あなたの世界があなたの物語を待っているわ」
 
ツイン照子が踵を返す。もう言うことは言い切ったといわんばかりに。
 
「あーあ、完全論破ってウチらの役割のはずなんだけどなあ」
「完封されちゃったよ」
 
軽トラが粒子になって飛散したように、女子高生を構成していたものが解体されて粒子となって飛散し始めていた。
 
「虚構還りの時間みたいだ。もうここには居続けられないね」
「ばいばい、えのき。あなたが主人公の物語は出来なかったみたいよ。残念ね」
 
不意に、記憶が流れ込んでくる。
それはーーたしかに存在しなかった物語。
えのきが軽トラに轢かれて、転生/転移した世界の記憶。
ありふれた勇者がありふれたハーレム展開で旅に出る物語。二人の女子高生に導かれて世界を救う物語。
ーーありふれた、かけがえのない物語。
 
いくつものスキルで悩んだ選択があった、オークとの戦いがあった、ギルドで皆と飲み明かした夜があった、
どうしようもないクエストで女子高生二人と責任のなすりつけあいをした日があった、強敵と出会い、挫折した記憶があった、
仲間と出会いそしてーー多くの別れがあった。
ーー生まれたはずの物語の記憶があった。
 
でも、そんな記憶は存在しない。
えのきは軽トラックに轢かれなかったから。
えのきは、転生しなかったから。
えのきはこの世界で生きていて、これからも生きていくのだから。
 
「じゃあね、えのき。未来の私たちの世界で伝えたいことがあったはずだけど、それにもさよならしないとね」
「待った、待った、待ったーー」
 
手を伸ばす、何か伝えたいことが未来にあったんだ。
何か話さなきゃいけないことが。
 
「そんなものはないわ。だって生まれてないんだもの。ウチらはウチらでやってくわ。さようなら」
「それじゃあね」
 
涙を滲ませて、笑顔のマックの女子高生二人がいた。
 
「ーーーー!」
 
名前を叫ぼうとする。
マックの女子高生二人の名前を。
それぞれが持っていた名前を。
概念転移の直前で流れ込んだ”あっち側”の記憶はあやふやで、呼びかけようと思った名前は知らないことだった。
 
「       !!!」
 
何か、言葉にならない言葉を叫ぶ。
二人に指先が触れようとしたその瞬間ーーマックの女子高生は粒子となって宙に消え、渋谷は光に包まれた。
 
▼▼▼
 
「はっ!」
「起きたみたいね。マックで寝るなんてどうかしてるんじゃないかしら」
 
気がつくとそこは渋谷のマックだった。
周囲を見渡すとお昼時で、混み合ってきているようで慌てて店を出る準備をしようとする。
 
花粉症の薬か春の陽気に眠気を誘われてぐーすか寝てしまっていたらしい。
 
「あれ……」
 
なぜだかえのきは泣いていた。
涙腺が壊れたんじゃないかってくらい、涙がとめどなく止まらない。
ーー何に泣いているかも、思い出せない。
 
「そのまま泣いていて良いから聞きなさい。説明じゃないわ。私が言いたいだけ」
 
ハンカチを差し出しながらツイン照子が話し出す。
 
「世界っていうのはねジェンガのようなものなのよ。
 一つ一つが固有の部品となっていて、幾重にも重なりあって存在している。
 それが私たちのいる世界とは別の”あっち側”の全容」
 
目にハンカチを押し付けるようにして涙をごまかし続ける。
 
「でも、世界は忘れられた概念を消していく。
 ジェンガの部品を抜き取って、それでも成り立つ世界を維持していく。
 物語がある世界は物語がある故に不安定で、抜き取られることはない」
「一体、何を……」
「そして、私はこの世界を守ったわ。”こっち”と”あっち”を天秤にかけて、何も悩まずに”こっち”を取った。それだけよ。
 だからあなたが何か悪いように感じたり、思ったりする必要は……」
 
ツイン照子が何を言っているのかわからない。
ただ、涙だけが止まらずにいた。
 
「いいえ、ただの私の自己満足と、懺悔ね。忘れてくれて良いわ」
 
そう言ってツイン照子が目の前のトレイを片付けてくれる。
えのきに紙ナプキンを渡して「さっさと出るわよ」
なんてえのきを導いていく。
 
「でも、その涙だけは覚えておいてあげなさい。
 意味も何もかもなくなっても残るものがあるでしょう」
 
マックで号泣しているえのきはさぞ奇異の視線に晒されただろう。
そんなこともわからないままマックを出て空を見た。
空はびっくりするほど綺麗な青い空で、それはこことは別のどこかーーファンタジー世界の青空のようだった
 
《完》
 
 
って感じのことをツイートしてバズらせようと思うんだけど 」
「あんたってこういう話題になるとほんと早口になるわよね」
 
呆れ返った口調でツイン照子に切り捨てられる。
 
「そんなぁ……」
「だいたい長すぎて”ついーと”とかいうのできるわけないでしょ、バッカじゃないの」
「は、はい……」
 
ツイン照子にエイプリルフールにかこつけて
「どうやればえのきはツイッターで適度にバズり適度に承認欲求を満たすのか会議(バズりすぎるとショック死するので適度が良い)」
をふっかけてアイデアを話していたのだけど、こんな調子でばっさりだった。
何よりツイン照子はTwitterとかSNSもやってないし、横文字に超絶弱いので終始「ハア?」みたいな反応だった。
 
「でもまあ、マックの女子高生ねえ……」
 
くるくる椅子で回りながらえのきの部屋を見渡す。
本棚を凝視されるのは心臓に悪いのでやめてほしい。
オタクの本棚は内面のようなものなのだ。最近Kindleに移行してるけど。
 
ふと、ツイン照子の視線が止まる。
 
「……ねえ、えのき。あんたこれあんたが作った本だっけ」
 
そう言ってえのきの本棚からこの間コミケで作ったコピー本を取り出す。
『そしてすべてが虚構でも』というタイトルのヴァルキリードライヴマーメイドの小説コピ本だった。
前回2017年の冬コミで出したのだ。
ヴァルキリードライヴマーメイドは良い、いくらでも二次創作の余地がある。今年の夏コミの当落っていつだっけなんて考える。
 
「なんでこのタイトルにしたか覚えている?」
「え、いや、なんとなく。お話もそういうのだし、そのタイトルにしたけどうまく言語化までは……」
 
全然ツイン照子はヴァルキリードライヴマーメイドの話をしても基本ガンスルーなので、
話を振られたことに逆に驚いてしまってしどろもどろになってしまう。
 
「ふうん、まあ、良いタイトルじゃない」
「え、あ、ありがとう」
 
ツイン照子が「まあ虚構(うそ)でもえのきが言うってことは続いたのねあの世界も」なんてことをボソッと言って、
何言ってんだこのツイン照子なんて思うけど、えのきは何も言わずにツイン照子のどこか安心したような表情を見ている。
 
「じゃあ……ヴァルキリードライヴマーメイド見ない?」
「見ないわ。タイトルが気になっただけ。
 ーーねえ、えのき」
 
いつものようにくるくる回る椅子でくるくる回りながらツイン照子がえのきに話をふってきた。
 
「概念ってね、強ければ強いほど脆いものなのよ」
「はぁ?」
「確立された概念ほど、その概念自体が世界から忘れられたらそれで終わり。あの子たちもそれで怖かったんでしょうね」
「ちょっと日本語でお願いします」
「少しは浸らせなさい」
 
そう言ってポケットティッシュを投げつけられる。
ポケットティッシュなので当たっても痛くないけど投げつけるという心境は察したので黙ることにする。
 
「失われた概念は始まりも終わりもなくなる。ただ、なかったことになる、か……」
 
何やら気だるげな様子のツイン照子に少し居心地の悪さと、何か声をかけたいと思うけれど、
何の話かわからないものだからえのきは何も言えなくて声をかけられない自分にもどかしさを覚えたりする。
 
少しの間。
 
「質問、あんた、お話は好き? とびっきりの現実に存在しないような話」
「大好きだよ、当然じゃん」
 
フィクションが好きでなくて何が好きになるというのだ。
えのきの人生は少なくともフィクションがなければ維持できなかった。
リアルの人が助けてくれたことも、あった。
現実を否定しては生きていけないことも痛いぐらいわかっているし、感じている。
 
ーーそれでも、虚構が確かに人生を救ってくれた瞬間があったのだ。
 
「ええ、私もそういうあんたの甘ったれたフィクション愛好は嫌いじゃないわ」
 
くるくると回る椅子をツイン照子が止める。
どうやら答えは不快にさせるものではなかったらしい。
 
「ねえ、えのき」
 
正面を向いて、えのきの目を見てツイン照子が言う。
 
「えのきは何があっても私のことを覚えていてくれる?」
「え、そりゃもう、普通に」
 
というかツイン照子のようなツインテール概念を早々忘れられるものではないと思うんだけど、なんて思う。
 
「そのツインテール概念がやっかいだけどね……ありがと。
 気持ちだけは信じてあげるわ。
 それじゃあ私も何かあってもえのきのことは覚えておいてあげようかしらね」
 
そう言って、椅子から降りてツイン照子が玄関に向かう。
 
「えのき、マックをおごりなさい。ビッグマックくらいなら食べてあげるわ」
 
ツイン照子が背中越しにえのきにそう言った。
 
「え? マジで! 殺し屋ごっこできるのか!」
「いいわよ」
「え! 本当に!?」
「嘘よ、今日が何月何日だか知らないの?」
「あ、あああ……」
「ふふ、ほんっと、ばっかじゃないの」
 
えのきをなじりながらツイン照子が笑った。
ーーそれは、眩しいくらいの本当の笑顔だった。
 
《完》