えのログ

人生五里霧中

ローソンの汁なし担々麺を食べる日々と刀削麺ロボに命を狙われる僕

ローソンの汁なし坦々麺が美味しい。
最近、というかここ半年もっぱらはまっており、週二回ぐらいは買って食べてしまう。
だって便利なんだもの冷凍食品。
そしてライフラインが切断されたこの時代において、奇跡的に技術特異点闘争を勝ち抜いたローソンが提供してくれる冷凍食品なのだからはまらないわけがないのだった。

 

「手が冷たい人は心が暖かい人っていうけど人間って全員、手のひら暖かいわよね」
 
メカツイン照子がシェルターと化した我が家の中でぽつりとえのきに言うのだけどえのきは汁なし坦々麺をレンジで温めるのに夢中で聞きそびれる。
 
え、なんだって?
 
そういった言葉を放つ以上に(600Wで6分というけれどカチカチの凍ったところが残るのは旧文明の電子レンジでは限界なんだろうか)なんてえのきは考えるのに夢中になってしまう。
 
「……手が冷たい人は心が暖かい人っていうけど人間って全員、手のひら暖かいわよね」
 
二回言うぐらい言いたかったのか。
そりゃメカツイン照子のメタリックボディはひんやりしているし、それに触れる人間の手は相対的に温かいんだろうけど、
というかメカツイン照子に誰か触れたっていうのかマジ許せねえななんて考えていると
「サーモセンサーぐらい搭載してるに決まってるじゃない、察しなさいよ」なんて言われたりする。
えのきに察する力はない、オタクだから。
 
メカツイン照子がどうしてそんなことを言ったのか。
メカツイン照子の食器洗浄機能が起動して、えのきの汁なし坦々麺を食べた食器を自分のオイル入れと一緒に「ついでだから」と洗ってくれているところを横目に見ながら、考えてみるけどえのきにはさっぱりわからなかった。
 
▼▼▼
 
汁なし坦々麺、もっと言うとこの世全ての麺が対象だが、刀削麺ロボの殺意は技術特異点闘争の中でも異質だった。
機械的にーーもっとも機械なのだから当然だがーー人間を殺す他のAIとは違って刀削麺ロボは刀削麺を好む人間は殺さず、刀削麺以外を食べる人間はその刃の元に刀削麺のごとく切り裂いていった。
 
メカツイン照子との生活が始まったのはシンギュラリティ以降、人間とAIの局地的戦争時代の中のある日のことだった 。
えのきが仕事とAIと人間の戦争地帯での電車遅延を避けて総武線から山手リニア線を乗り継いで帰宅すると普段、椅子でくるくる回っていたツイン照子がメカツイン照子になっていた。
ツイン照子の身に何があったのか、えのきにはわからない。
 
「え、ツイン照子なんか光ってない?」
「失礼ね、メタリックといいなさいよ」
 
メカツイン照子は椅子でくるくる回る代わりに胴体部分が超電磁スピンのごとくグルグル回るし、
ツインテールをバサってやる仕草はそのままツイン照子だし、えのきとの記憶も持っているものだからメカツイン照子との日常はツイン照子との日常からシームレスに始まった。
 
ーーアンタには関係ないことよ、ちょっとした強化なんだから鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔してんじゃないわよ
メカツイン照子はそういった。
ツイン照子がメカツイン照子になっていたが、メカツイン照子もツイン照子と一切変わらず、ツイン照子と記憶の連続性もあるようだったので、若干の動揺を感じつつもえのきは日常に戻っていった。
 
だけど日常が決して終わらないように、刀削麺ロボの殺意もまた留まることを知らなかった。
 
機械に人間が殺された数というものは大抵1日の始まりのニュースで取り上げられるものだけど、絶対数こそ多くないとはいえ刀削麺ロボの殺戮数の”密度”は冗談にならないものだった。
ーー狙われたものは、刀削麺になる。
それがSNSでもささやかれ、大抵の食料配達人は麺類を扱うのをやめた。
ただ一つ、ローソンを除いては。
 
オタクグッズをやたら扱っていたコンビニだったからだろうか。よくわからない逆張り強情精神のようなものがローソンを支え、ローソンへの配給トラックは防弾仕様だけではなく、ガトリングガンを搭載したサイドカーがついていた。
なぜそこまで麺類を売ろうとしたのかーーそれはわからない。恐るべき執念、恐るべきローソン。
 
でも確かなことはえのきも「なんで刀削麺ロボにえのきが好きな食べ物を制限されなきゃいけないんだ、こんな社会間違っている」と呑気に汁なし坦々麺を買い続けたということだけだ。
 
汁なし坦々麺を買う。
レンジでチンをする。
今日も1日の生存に感謝する。
 
そんな日々の中でうっすらと意識を逸らしていることを時折考えてしまう。
 
ーーもしかしたらツイン照子が実は人間とAIの局地的戦争に巻き込まれた死んでしまったじゃないか。
そのツイン照子をメモリーにして何食わぬ顔で生活しているのがメカツイン照子なんじゃないかなんて考える。
えのきはとっくにツイン照子を失っているんじゃないか。えのきはツイン照子の喪失から目を背けているんじゃないか。
でもメカツイン照子は他の人間と対立しているAIと違ってスタンドアロンタイプのようだし、えのきには一切危害を加える様子はなかった。いや、風呂上りにバスタオルとパンツ一丁でウロついていたら「あんたデリカシーってもんを学んだ方がいいんじゃないかしら」ってギュインギュイン回るアタッチメントドリルで脅されたけどツイン照子も同じような脅しはしたと思う。
 
そしてーーその時はやってくる。
 
シュワァァァァァアァァーー
 
刀削麺ロボのうなりが迫りえのきの家が打ち破られる。
 
「えのき、伏せてなさい!」
 
メカツイン照子はツインテールバーニアを稼働させて急加速して、飛び込んできた刀削麺ロボに片方のツインテールで殴り抜ける。
刀削麺ロボは中国四千年と技術特異点の重みを全身に乗せるように一歩一歩えのきへと迫る。
えのきは担々麺を噛み締めながら白目をむく寸前で恐怖で失神しかけている。ヘタレなのだ。
 
「ああ、もうっ! 逃げるくらい一人でなんとかしなさいよ!」
 
メカツイン照子は刀削麺ロボの刃を受け止め、えのきの家の床に脚部からスパイクで踏みとどまり、ツインテールバーニアをえのきに熱が当たらないように配慮しながらフルブーストで対抗する。俺の家の床が!!!
 
刀削麺ロボの刃は明確な殺意に満ちていたーー
 
ーー満ちていたが、それでもメカツイン照子を傷つけることなどできない。
刀削麺ロボが、本来の刃のままならば結果は違っていたかもしれない。
刀削麺ロボの刃はこの世のどの刃よりも迷いなく鋭利で、決して止まることなく、正確無比だった。
だけど、その刀削麺ロボとしての誇りは血に濡れていた。
 
ーー人を切り/殺し/刀削人に変えたその刃は、鈍っていた。
 
「そのまま切り続けたら、アンタ、オーバーロードで自壊するわよ」
 
メカツイン照子が宣告する。
 
《……》
 
刀削麺ロボは止まらない。
刀削麺ロボは赤黒く/朽ち果て/全身から異音を発しーーそれでもまだその刃の稼働を止めようとしなかった。
 
シュワァァァァァアァァーー
シュワァァァーー
シュワ……ァアァァ……
シュ……ワ……ァァ……
 
刀削麺ロボが紅く染まっていく。
オーバーロードにより、刀削麺ロボの表面の色が変色したせいだ。元々はカラフルなペイントを施されていたであろうその全身はもはや血に染まった箇所と、すべてのペイントが剥げ落ちた箇所しか残っていなかった。
それが今、熱により真紅に染まっていく。
 
▼▼▼
 
昔、横浜中華街へいったことがあった。
えのきが小さな時のことだ。
両親に連れて行かれ、特に食に関心がなかったものだから遊園地とかにいったほうがよっぽど楽しいとつまらない心地だったことを覚えている。
普段とはたしかに違って、だけど興味のない光景。
いくつもの中華料理屋を横目に見ながら両親に手を引かれて道を歩く。
そしてーーそれを見た。
退屈な1日だった。退屈な街並みだった。ずっと、退屈だった。
でもーーあの時見たそれはとても心踊る存在だった。
 
シュワァァァァァアァァーー
 
高速で刃を振るう音。
固まりを一瞬で麺へと変えていくその芸術的な一連の流れ。
当時のえのきは一瞬で夢中になった。
 
ーーねえ、あのかっこいいロボなんていうの!?
ーーあれはね、刀削麺ロボっていうのよ
ーー刀削麺ロボ?
ーーそうよ、中華の料理人を破滅から救うために作られた刀削麺ロボ、あれにより料理人が腱鞘炎で命を落とすことはなくなったの
ーーかっこいい、かっこいいよ刀削麺ロボ!!刀削麺食べたい!!
 
まあ、それで食べた刀削麺のあまりの辛さショックを受けてえのきは刀削麺を食べなくなったのだけど。
それでも刀削麺ロボはかっこよかった。
一人、また一人と腱鞘炎で倒れゆく料理人を救うために作られた希望の機械。
 
そうーーたしかに刀削麺ロボは人々の願いだったのだ。
人々を救い、刀削麺の美味しさを届けるというーー純粋な願い。
 
どうして、忘れていたんだろう。
日々の生活の中で薄れていったんだろうか、仕事に疲れていたんだろうか。
あの日の心のときめきをどうして忘れられたんだろう。
 
▼▼▼
 
刀削麺ロボ!!」
 
思わす駆け出していた
 
「バカ! オーバーロードしてるのよ!?」
 
メカツイン照子の動揺した声も無視をして刀削麺ロボに駆け寄る。
刀削麺ロボはたしかにたくさんの人を殺したけれど、それは刀削麺ロボが刃しか持っていなかったからだ。
刀削麺ロボの願いは一つーーただ刀削麺を人へ届けること。
 
ジュウウゥゥ、という音が刀削麺ロボの中枢部を触れた瞬間に聞こえてきて、叫びそうになるくらいの激痛が奔る。
 
「ばかっ! 手で冷やそうなんて正気なの!?」
「だって、だって刀削麺ロボなんだぞ!?」
 
もう自分でも何を言っているかわからない。
ただ、目の前の刀削麺ロボに何か、そうあの時思ったことを伝えたかったんだ。
 
ーーシュウウ。
 
刀削麺ロボの刃がゆっくりと動く。
不思議と恐怖はなかった。自然と言葉が積み技出される。
 
「カッコよかったよ、刀削麺ロボ」
 
ーーコツン、刀削麺ロボの鋭さをなくし、角の取れた刃がえのきの頭を軽くこずく。
それは何かのバトンを渡すような柔さで、何かを伝えるような、紡いだような優しさで、えのきの頭を傷つけることはなかった。
刀削麺ロボは、最後に人を殺さずに停止した。
 
「うう……刀削麺刀削麺ロボ……」
 
中枢部に手を当て続けながら僕は泣く。
 
「そう、えのき、あなたの手は冷たいのね」
 
サーモセンサーを介してメカツイン照子はそう、言った。
 
ぴりりと辛い麺類の美味しい、冬と春の間の時期のことだった。
 
《完》
 
 
弁当はセブンイレブンの弁当が好きです。