えのログ

人生五里霧中

第三回 フォロワーのお題で小説を書いた

Twitterで募集して日が変わる前に書き上げるという遊び三回目。
 
お題「トレンチコート」「カレーライス」「ャンゴャ(フォロワーの夢に出てきたアフリカ原産の哺乳類の生き物で輸入コーンにくっついて日本で繁殖していた。乳白色の7本足の30センチくらいの無害な生き物。なお夢というのは嘘)」「エレキギター」「電子レンジかダイナマイト(両方でも可)」
 
以下小説

 

▼▼▼
 
青年が一心不乱にキーボードをタイプする。
何かに追われるような恐怖を内に抱きながら、その何かを誰かに伝えようと虚言が入り混じる電脳空間に文章を書き連ねていく。
 
「……やだ……消える……嫌だ!」
 
打鍵音がより強いものに変わりながら画面の向こう側では、振り絞られた助けを求める声も冗談と笑われていた。
今、自らに迫る”それ”の怯えと、自らの声を虚飾と認識される絶望の板挟みに青年は悲鳴をあげる。
 
かけがえのない記憶が”侵食”される。
 
ーー◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎!
 
それが、消えた。
青年にとって大切な、失ってはいけないはずだった記憶、感情、何か。
そしてすべてが虚構になった。
 
「ーーーーッ!!!!!!」
 
絶叫がーー響き渡る。
 
▼▼▼
 
ーーねえ、あなた、もう一度弾いてちょうだいよ。
 
ーーああ、いくらでも。
 
それは遠い記憶、夢幻に消える前のひと時の安らぎだった。
眼前に広がる幸福と、それが一瞬で赤黒い絶望に変わったことを、今でも覚えている。
 
 
▼▼▼
 
それは初夏に差し掛かった梅雨の日のことだった。
地面を叩きつけるような豪雨が繁華街へと降り注ぐ。ネオンの輝きは雨の中であるというのにその光を絶やすことはなく、雨の中でより一層その繁華街を幻想的なものへと演出していた。
今夜もまた眠ることのないこの街は、一夜のわずかな時間の間に様々な人々のやりとりを経て、万華鏡のように姿形を変えていく。
 
男が歩いていた。
繁華街をある男が歩いていた。
土砂降りだというにも関わらず、傘もささずに道を突き進む男だ。
漆黒のトレンチコートに身を包み、雨水による歩きにくさ等物ともせずに突き進んでいく。
それはまるで鉛か鋼が人の形を取って歩いているかのようにすれ違う人々を錯覚させた。
男の片手にはエレキギターのハードケースが、もう片手には何もなかった。
 
繁華街の外れ、古ぼけたスナックが男の前に現れる。
初見の人間がその場所を見たのなら、閉店した店だと思うかのような寂れたスナックだった。
『RoomX・Y・Z』バブル時代の栄光を捨てられないかのような、時代に取り残されたネーミングの店。
古ぼけたパネルのランプは所々破損しており、わずかな光を放つばかりだった。
 
男が扉へ”腕”を向ける。
それはロボットのように不自然な挙動だった。
人が扉を開くときのしなやかさは無く、90度きっちりと腕を前に突き出し、そのまま手のひらを機械的に開く。
握りしめた形から、五本の指を広げた形へと。
それは一定の時間を要する動作だった。
そしてそのまま前進し、扉を体全体を利用して押すように開く。
 
カランコロン、と伝統的な扉の鐘が鳴る音がして、入店。
 
「あらぁ、いらっしゃァい」
 
赤毛/限りなく坊主に近い短髪/耳に開けたピアス/細身のシルエット/体の細さを強調するかのような黒を基調とした衣装ーー女性のイントネーションの男声。
 
「相変わらずだな、ママは」
「そうよォ、この店は閑古鳥だけど溝野ちゃんが来てくれるならまだやっている価値があるわねぇ」
「何言ってんだ、自分が呼びつけたくせに」
「呼びもしないとこないからじゃない、電話もメールもSNSも全部無視。こうしてアタシの都合の良い要件だけ聞きに来る、そう、アタシは都合の良いオンナとしてミゾちゃんに弄ばれるの……」
「帰っていいか」
「んもォ! つれないわね、いいえ、帰っちゃだめよ。席に座って”清掃屋”さん」
 
清掃屋ーーその言葉を聞いた途端に男、溝野の表情が変わる。
『RoomX・Y・Z』に、清掃屋として呼び出される。それが指し示す意味は一つだった。
 
「……話は聞こう。メッセージは来いとしか送られていないからな」
 
やや乱暴な音と共に溝野が席に着く。
ガタン、という音がカウンターに腕が置かれただけでするーーまるで人間の腕ではないかの硬い音。その音とは裏腹に柔らかくギターケースがカウンターに立てかけられる。
トレンチコートがめくられ、腕が露出する。
ーー溝野の両腕は義手だった。
 
「あんた、もっと良い義手にしてもいいんじゃないの。それくらいの金はあるでしょうに」
「別に不自由はしていない」
「あんたね、傘もさすのに不自由した結果、店内ビシャビシャにしてそれを言うのはどうかと思うワ、アタシ」
「それは、すまない」
「アタシみたいに必要なものは買うスマートさを身につけなさい、この店内に不要なものは一つもないわ」
 
その様子に溝野が苦笑し、
 
「さすが、戸籍まで買った元”清十郎”のカオルママは面白いことを言う……」
 
と言葉を続けた刹那ーー溝野の頬をナイフが弾丸のように飛び掠めていく。
 
「旧名は言わないこと、お分かり? ミゾちゃん」
 
口調こそ柔らかいが声に遊びは一切なし。
その視線は溝野を店内に迎えた時とは打って変わった鋭利さを宿している。
『RoomX・Y・Z』 店主、カオルーー元本名、公式には一切不明。
 
「……悪かったよ、要件を」
「わかればいいのよ、わかれば」
 
一呼吸を置き、カオルが声のトーンを変え、やや真剣な声で語り始める。
 
「ミゾちゃん、あなた”ャンゴャ”って知ってる?」
「……なんだそれは」
「無害な哺乳類の生き物よ、アフリカの奥地に生息していてね、乳白色で30センチぐらいで可愛いのよ。足が7本って半端なのはキモいけど」
「なんだそれ……」
「アフリカの民族の言葉で”夢渡り"って意味なんだって、”ャンゴャ”ってのは」
「それで?」
 
ーー写真が出される。
空間だけが映った、何も映っていない写真。
 
「何が見える?」
 
溝野にとって、カオルの質問はナンセンスに思えた。
 
「何も見えないが」
「でしょうね」
 
カオルの振る舞いは声の真面目なトーンとは真逆の溝野をからかうようなものだった。
話が見えてこないその振る舞いに溝野は怪訝な顔をする。
 
「何が言いたいんだ、ふざけてるなら帰るぞ」
「いいえ、全くふざけてなんていないわアタシは。オネエだオカマだなんて言われてもアタシは一瞬たりともふざけてなんていない。アタシには”見えている”わよ。この写真の中にうごめく乳白色で30センチ、足が7本の生物がね」
「……」
「”ャンゴャ”は無害よ。あくまで現実上では、ね」
「”ャンゴャ”ーーそいつは」
 
カオルはただ語り続ける。淡々と、ただ事実を述べるように。
 
「ミゾちゃん、教えてあげる。”ャンゴャ”ってのはね、半分現実に存在して、半分が現実に存在していない生命体なの」
「《来訪者》か……」
 
来訪者ーー現実の層にその生態を置かない生命体。
一般には知られず、極少数の人間のみがその存在、呼称を知る。
現実に巣食いながら現実の人間が知覚することが困難な存在、夢幻に生まれ、夢幻に去りゆく種。
 
ーー本来ならば。
 
「だから、俺を呼んだってことか……」
「初めはね、アフリカから来た輸入コーンに張り付いてたんだって。笑えるでしょ。輸入業者にインターンで来てた大学生が最初の”感染源"どうしてその青年が見たのか、見ることができたのかはわからない。ただ、《来訪者》を知覚してしまった」
「それを経路にして、現実に流入してきたのか」
「ええ、大学生をパスにしてあっという間に繁殖した。おかげでこの店も大忙しになってミゾちゃんを呼んだってわけ」
「危険性は」
「最悪の場合、災害級ってところね。最初に見た大学生は狂ったわよ」
 
“ャンゴャ”を見たものは精神を侵食されるーー夢という媒介を通じてその者の持つ記憶、感情を食い荒らす。
初めの大学生は気が触れた。“ャンゴャ”についてSNSや身近な人間に口頭で説明、力説。しかし、やがて説明したことすら「あれは嘘だ」等と言い出し、発言から整合生がみるみるうちに消失。
周囲の人間が異変に気がついた時には廃人と化した青年が一人。
それでも“ャンゴャ”は止まることはない。情報として現実に侵食し、青年から“ャンゴャ”について語られた人々の夢を渡りありとあらゆる人間に拡散、繁殖を日本に来訪して数日の間に成し遂げていた。
“ャンゴャ”の侵食ーー感染者の真実を奪い去る。
大なり小なり、人間には”真実”が存在するーーその人間を規定する根幹要素。
そこを侵食、捕食し“ャンゴャ”は別の人間の夢へと飛翔する。
 
「“ャンゴャ”はどう清掃すれば良い」
「アナタは難しく考える必要はないわ。清掃手順はいつも通り。“ャンゴャ”の拡散がネックだったけど、それもクリアー済」
「どうやって拡散を止めた」
「“ャンゴャ”は情報に群がる、自分の情報にね。『“ャンゴャ”を知っている』というのを経路に集まって、食い荒らす。それは“ャンゴャ”についての知識の純度が高ければ高いほど奴らにとって格好の餌になる」
「……あんた」
「アタシがさっき見せた写真、あんたは見えないって言ったわね。アタシには見えるわよ、うじゃうじゃとね、もうたっくさん。今ならアンタも見えるんじゃない?」
 
ーー写真が再び溝野の眼前に向けられる。
写真の中、薄く、しかし確かに蠢く乳白色で30センチ程度の生命体がいた。
《来訪者》を知覚するということーーそれ自体が日常から逸脱するということ。
 
「アタシは目撃者に記憶洗浄を施したわ、片っ端からね。ええ、それはもう沢山ね」
「それはあんた自身を餌にしたということか」
「餌じゃないわ、囮よ。今、アンタにも話したのは経路をつなげるため。今この地域で“ャンゴャ”について知っているのはアタシとアンタの二人だけ。だから、ここで仕留めるしかない」
「相変わらず無茶な依頼だ」
「ミゾちゃんの仕事は全部無茶しかないわ。それで、やるわけ?」
「やらない選択肢がないが、質問はしても?」
「いいわ、アタシのスリーサイズ以外はね」
「興味ないね。報酬は」
「アタシの手料理ってのはどうかしら、ちょうどまかないでいい感じに寝かしたカレーがあるのよ」
「ふざけてんのか、この状況で」
「お金は口座に振り込むわ、すでに半分前金として振り込んでいる」
 
そういってカオルは指を3本立てる。それは相場といえば相場を押さえた金額を示していた。
ーー強制的な仕事でなければ、だが。
 
「わかった、受けよう」
 
ーーゆっくりとした動作で溝野が指をカウンターに打ち始める。規則的に、等間隔の音が店内に響く。
 
カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ。
 
「ええ…よろしく、たのむわ……よ……」
 
そう言ってカオルがカウンターに倒れこむ。
 
カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ。
カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ、カッ。
 
やがて溝野の意識も現実へと溶け出していく。
現実と夢幻が混ざり合い、その境界に溝野という人間が再形成されていく。
 
ーードロリ、と聞きなれた音が聞こえた気がした。
 
▼▼▼
 
ーー青年の絶叫が聞こえる。
何か失ってはいけないものが食われた絶望の声。
 
ーー少女の悲鳴が聞こえる。
幼き恋心の発露を餌として消化された怨嗟の声。
 
ーー老婆のすすり泣く声が聞こえる。
みんな、みんな死んでしまった。
自分以外死に絶えた今を生きていくために必要だった記憶が全て捕食された。
 
いくつものノイズが生まれ、消える。
それは溝野が精神層へと到達したことを示していた。
 
“ャンゴャ”の犠牲になった人々のフラッシュバック。
 
溝野は四肢に感覚が宿るのを自覚する。
義手だったはずの腕は血の巡る生の腕へと変貌していた。
手に握られたギターケースをより強く握る。
トレンチコートに染み込んでいたはずの雨水も乾ききっていた。
 
「到達したか、これがカオルのーー」
 
ーー夢の中。
 
呟き終わるその刹那ーー眼前に接近する乳白色。
ャンゴャ、現実と夢幻の間に生きる生命体ーー今、溝野が狩るべき対象。
トレンチコートをマントのように脱ぎ捨て、接近してきた物体を叩き落とす。
ビチャリ!という感触と共に目の前の生命体が地面に叩きつけられ弾け飛ぶ。
 
ーー多い。
 
広い、空間だった。
元々大きな岩であった場所を侵食して作ったかのような鍾乳洞のような空間。
頭上一面に、ャンゴャが敷き詰められ乳白色が溝野の目の前に存在していた。
一匹、一匹が今まさにカオルという存在を捕食する《来訪者》だった。
 
ーー空間を捕食する音が連なり、それは鳴き声のようだった。
 
「うじゃうじゃしたやつは気持ち悪くて苦手なんだけどな……」
 
パチン、パチン、パチン。
ギターケースの留め具を外していく。
 
「第一、知り合いの記憶が食い散らかされるってのは夢見が悪い」
 
頭上に敷き詰められていたャンゴャが飛んだ。真下の溝野へ向けて急加速、一瞬で食い尽くそうと飛びかかる。
拘束と時、ギターケースからエレキギターが振りかざされるーーそれは現実では成し得ぬ溝野の空想。
ワインレッドのボディが煌めき、ャンゴャ達が叩き落される。
 
「報酬のためにも”清掃"させてもらうぞ!」
 
滑走ーーストラトキャスタータイプのエレキギターをまるでスケートボードのごとく滑らせ、高機動を発揮。
跳躍ーー物理法則などすでに無意味。空間を跳躍し、空中を滑り縦横無尽に機動する。
接近ーー眼前に広がっていたャンゴャ達をギターで地面に叩きつけ爆散。
音撃ーー溝野の左手が六弦、五弦を押さえ右手がピックを振り下ろす。単純な構成の音の塊がこの空間では弾丸として殺傷力を伴い機能する。
 
空想飛翔能力ーー溝野が清掃屋として活動するためのレーゾンデートル
現実と夢幻の間を自在に蠢く《来訪者》と同様に境界を動き、そしてその中でこそ力を発揮できる溝野のただ一つの超常の力。
 
左手の指がフレットを踊り、右手が小刻みにアクセントを添えて旋律を生み出していくーーその一音一音にャンゴャは弾け飛んでいく。
ャンゴャの体液が返り血のごとく溝野へと散っていく。
 
ャンゴャが溝野の体に触れた刹那ーー記憶が横溢する。
 
▼▼▼
 
 
絶望。
その色は赤黒かった。
 
目の前で両腕が夢幻の中へ消えていた。
たしかに音色を奏でていたはずの溝野の腕は、現実から夢幻へと奪われ、切断された。
消えていたーー笑っていたはずの、妻ですら。
 
目の前で赤黒い血が吹き出る様だけが記憶に残っている。
 
ーー境界は実存を伴った分断を起こす。
 
溝野が初めて《来訪者》と出会い、空想飛翔能力を発露し、それまでの人生を失った記憶。
あの時の動揺と、絶望と、衝撃は忘れやしない。
 
▼▼▼
 
「チィッ!!」
 
顔に張り付いたャンゴャを引き剥がし握りつぶす。
記憶の捕食は想起させ、意識の表層へと対象の人間の記憶呼び起こすことで実行されるようだった。
大切だった記憶、忘れられない記憶、その人物の核となる記憶や想いを強制的に引きずり出され、奪われる。
ーーそれはどれだけの絶望だというのだろう。
 
「嫌なもの、思い出させやがって!」
 
加速ーー高機動により瞬く間にャンゴャを蹴散らしてく。
ャンゴャ達は事態を理解し、纏まり一つの塊へと変貌していく。
 
「逃げるつもりか……!」
 
カオルの空間を貫き、外へと逃走を企てる足掻きだった。
ーーなんて、浅ましい。
 
一体へと変容/巨大化したャンゴャめがけて溝野は滑走した。
 
 
▼▼▼
 
泣いていた。
子供が、少年が泣いていた。
 
茜色に染まる部屋にヒステリックに叫ぶ声が響く。
 
女が、子供の母親が発狂している。
神経質そうな顔に青筋を浮かべ、激昂している。
女は常に少年を支配下に置こうと腐心した。それこそが女にとって愛情だと信じて疑わない様子だった。
だからこそ、自らの期待を裏切った我が子への感情は憎しみへと用意に変質した。
 
ーーああ、こんな子が生まれなければよかったのに。
 
子供、少年はただその様子を眺めている。何も言葉がでない様子で、立ち尽くしている。
単純な好奇心、ただ、その紅が美しかっただけ。
ただ、自分を着飾りたかった、それだけのこと。
自分が、自分であるために、それが自然だと思っただけのこと。
だけどーー
 
ーーああ、なんでこんなことをするのかしら。
 
少年の首に、白い手が伸びる。
この世から酸素が消えたかのような息苦しさが空間に広がっていった。
 
子供は泣いていた。
 
手には一つの口紅が握られている。
それはただの好奇心、自らの望みに素直になっただけのこと。
何かを恥じることなどなく、ただ自分があるべき姿に近づこうとしただけのこと。
 
それは、母には受け入れられない自由だったのだろう。
 
首が絞まり、視界が狭くなっていく。
 
ーー僕はただ、美しくありたかっただけなのに。
 
そして少年が死を受け入れようとした、その刹那。
 
「だったら、いくぞ。一瞬足りてもふざけてないってんなら気にせず好きにしろってんだ」
 
少年の腕が掴まれる。
少年ーーカオルの腕を溝野が強く掴んでいた。
 
▼▼▼
 
嗤っていた。
ャンゴャは嗤っていた。
すでに30センチなど簡単に超えたその体長が、自らの領域を討ち滅ぼそうとしていた天敵を包み込み、打ち倒したことを嗤っていた。
そして、続けて今自らがいる空間の捕食を続けようとした、その時だった。
 
「ーーーー!?」
 
ャンゴャを襲う動揺、体内がうごめき、やがてそれは激痛として変化しャンゴャを内側から食い破った。
爆発四散し、一箇所に集まっていたャンゴャが壊滅する。
 
ャンゴャを突き破り、境界から現実へとエレキギターが空を駆けた。
 
▼▼▼
 
「で、本当に見てないわけね」
「見てない」
「嘘よ! アタシのあんな記憶やこんな記憶をどさくさに紛れてみたんだわミゾちゃん! 絶対!」
「見てねえって言ってんだろ! だいたいお前覚えてもないのに言いがかりつけてんじゃねえよ」
 
『RoomX・Y・Z』の店内に二人はいた。
無事、ャンゴャを討伐したと途端、カオルが自らのプライバシーを侵害したと溝野へと文句を言い出したのだ。
 
「ャンゴャだってもう国内で観測されなくなったらならいいじゃねーか。お前だって人格に支障はないんだし、いや、元から支障しかないかもしれないが」
「失礼しちゃうわね、本当に何も見ていないんでしょうね」
 
ーーふと、脳裏をよぎるあの光景。
首を絞められたあの記憶。あれはかつて、カオルが経験した時なのだろう。
今回のように、自分が介入する終わりではない、結末があったはずの過去。
自分に簡単に触れられるものではない。
そう、想い、ただ溝野は黙る。
 
「はぁ、まあいいわ。とりあえず報酬は振り込んでおくから。あっ」
 
ふと、何かを思い出したような声と共に電子レンジのチーンとした音が響く。
 
「少し時間たっちゃったけど、まかないのカレーライスも報酬としてあげるっていったわよね」
「あれマジだったのか」
「当たり前じゃない。どうせ義手で食べるのもおっくうでしょ、アタシがご褒美にあーんしたあげるわよ」
「うわあ……」
「うだうだ言いてるんじゃないわよ、報酬としてアタシの手料理を食べさせるとも言ったんだから」
「マジかよ……なんかふざけていってんのかと……」
「マジよ」
 
溝野の口に暖められたカレーライスが運ばれる。
 
「馬鹿ね」
 
そう言って、カオルが微笑む。
 
「アタシは一瞬たりともふざけてなんていないわよ」
 
迷いのない、笑顔だった。
 
《完》