えのログ

人生五里霧中

あの頃、僕にとって聖飢魔IIは実質キズナアイだったという暴論

最近、聖飢魔II筋肉少女帯をちょろちょろと聴き直している。
両バンドとも、えのきの中高生時代の辛い根暗生活を支えてくれたものだ。
筋肉少女帯についてはどっか別で書く。今日は聖飢魔IIと、それに関連したキズナアイについて書こうと思う。

f:id:enonoki:20180619205135p:plain


聖飢魔IIについては思い入れはあるが、色々と視聴環境だったりして全てを網羅しているガチな信者とはとても言えないので、色々と抜けがあるかもしれないが悪しからず。

 

聖飢魔IIをざっくりと説明しておくとデーモン小暮閣下がボーカルを務めるヘヴィメタルバンドだ。ヘヴィメタルの曲ばかりではないけど。

音楽を媒介に悪魔教を布教するために組織された「教団」という設定で、メンバーも皆悪魔である。メインで活動したのが80〜90年というのもあって現在アラサーであるえのきですら中高生時代に知った時には既に解散していた。(ちょくちょく復活してライブならぬミサはしているけど)

www.seikima-ii.com


中高生時代、それまでよく知らなかったハードロックだとかヘビィメタルというジャンルは爆音で聴くことで憂鬱な気分を吹き飛ばしてくれるような感覚と、自分が他とは違う人間だという歪んだ自尊心を満たしてくれた。

Twitterでバズっていた画像に「ヘヴィメタルはまだガンに効かないがそのうち効くようになる」というのがあった。

f:id:enonoki:20180619205903j:plain

f:id:enonoki:20180619205910j:plain


まあ概ね笑えるキャプだなとも思うし、今はそこまで音楽にのめり込んでいないのもあって普通に面白いのだけど、少なくともどうしようもなく道端の石の裏側みたいな根暗な青春時代に聖飢魔IIをきっかけに効いた音楽はとても良く効いた。
今振り返ると自分に酔っている部分も多々あって好んでいたのだろうけど、それでも好きになって聴いたものというのは年月を経て本当に好きになるものだなと思う。思い出(というにはろくな思い出は何もないが)と全く関連付かない聖飢魔IIの曲の歌詞を聴くとそれだけで懐かしい気持ちになる。
曲に関しては悪魔的な世界観がよく表現されているダミアン浜田の色がついた初期が好きだけど、ギタリストとしてはエース清水が好きだったり、どの時代でもそれなりに好きな曲がある。

Amazon musicで聴けるのとあり、振り返って何枚か聴いていたりする。
印象深いアルバムは『THE END OF CENTURY』と『恐怖のレストラン』あたりだろうか。

 

THE END OF THE CENTURY

THE END OF THE CENTURY

 
恐怖のレストラン

恐怖のレストラン

 

 
中高生だった自分にとって、現役ではないバンドのCDを探すのは大変だった。
インターネットには既に触れていたけれど、パソコンからとなると親のパソコンだったりするもんだから自分のCD、というか音源の入手方法は足で探すしかなかった。(Amazonとかネットショッピングを利用する心理的ハードルが高かった)
買うためにタワレコとかのCDショップに行っても解散したバンドのCDは無い、あっても解散間際の惰性で作ったような適当なベストアルバムだったりする(いや筋肉少女帯の解散直前のあたりのベストはなんかそういう印象だったんですよ、今聴いたら印象変わるかもだけど)

だから曲の聴きたさにTSUTAYAとかブックオフをチャリで巡る巡る。
これがTSUTAYAでもさっぱりない、全くない。たまにバンドのコーナーを見つけても全ては揃っていなくて、「うわーん、このアルバムが聴いてみたいのに!」なんてこともしょっちゅうだった。

『THE END OF CENTURY』はそんな中でようやくTSUTAYAで見つけることのできた教典というのもあって凄い印象に残っている。
演奏はカッコ良いわ歌は上手いわ、曲の世界観も良いわで「マジすげえ!」みたいな感覚になった。
JACK THE RIPPER、FIRE AFTER FIRE あたりは今でもちょくちょく思い出しては聴き直す。

『恐怖のレストラン』は近所の図書館で出会った。
今思うと厨二病拗らせすぎだろうと思うが高校をサボって自転車で近所を延々とうろついていた時があった。
自転車をキコキコ漕いで学校に行くのが急に「うわぁ馬鹿らしい」みたいな気分になったのだ、バカはえのきだよ。
でも、そういう衝動を持ったところで行く場所など金のない高校生には無いので仕方なく近所の図書館へ行った。
お、CDコーナーもあるのか。なんて思いながら(まぁでも自分が好きな奴はないだろうな)なんて今思い返すだけでタコ殴りにしたくなる歪んだイキりメンタルでCDコーナーを見てビックリ。
聖飢魔IIの『恐怖のレストラン』と筋肉少女帯の『断罪!断罪!また断罪!!』があった。

「図書館ってすげえ!!」そう思った。
寄付したものとかそういうのが並べてあっただけなのだが、図書館という公共の施設が自分のような教室の隅っこで机に突っ伏して寝ているような人間向けのCDを置いていることに衝撃を受けた。

「俺のために置いてある!」みたいな錯覚すら覚えた。

それも、恐怖のレストランは聖飢魔IIの中でもかなり過激な色の強いアルバムで、静かにしないといけない図書館に爆音で聴く過激な音楽があるというのが「最高にロックだ」なんて思ったりした。
まぁ自分の人生に物語性はないため、このCDの出会いに関係なく翌日は普通に高校に遅刻して行き、なんだかんだで卒業して色々と人生寄り道して今に至る。
『恐怖のレストラン』はアルバムとして好きかというと、「まぁ普通」ぐらいのポジションなのだけど、そんな思い出があって色々と特別なアルバムだ。

当時は音楽教室みたいのに通っていたので聖飢魔IIのライブ(ミサ)のビデオを見れたりする機会があった。

とにかく好きなものの情報に飢えていた。
パケホーダイガラケー2ちゃんねる聖飢魔IIスレッドで裏話的なものを調べたり、個人サイトなどの感想だとかを見て、とにかく聖飢魔IIに関連した情報を集めたりしていた。今思うと公式の動画でなかったのだと思うけどポンポンと貼られているURLを踏み、テレビ番組の録画の動画とかも見た記憶がある。(今は見てないですよ、当時何にも知らず見てたリテラシーだった、反省)

そんな中で色々と聖飢魔IIの曲だけでなく、バンド自体のキャラクター性というか、バンド自体と各メンバーを好きになった。

それは今のバーチャルユーチューバーとかでもある"ガワ"と"魂"の関係みたいなものだった。

聖飢魔IIは悪魔という設定で公式にはいつも活動していた。ライブの名称はミサだし、アルバムは教典だ。でも、そんな悪魔達であるというのにMCだとか演奏時以外のトークでは「全然悪魔じゃないでしょ!」とツッコミたくなるような脇の甘さがあった。
1999年の7月に解散予定がスケジュールミスで12月31日まで活動したりだとか、ちょっと調べれば誰でもわかるくらいに「悪魔設定」は隙がある。
でも、公式には常に悪魔だった。ちゃんと悪魔として自分達を演じきっていたわけだ。(自分の知識不足とかうろ覚えもあるかもしれないが)

隙だらけでありながら、悪魔としての設定を守り、悪魔としてバンドを解散した。

えのきはブログでも何度か触れたがキズナアイで好きな動画に「キズナアイ裁判」がある。


【有罪】第1回 キズナアイ裁判【無罪】


第一回でオタ芸の話題になり「そう!あれは!ゆいかおりのライブに行った時のことでした!」なんて風に"キズナアイの魂"が漏れ出ているあたりが最高に好きだ。
キズナアイも隙だらけだ。妙に俗っぽかったり、ポンコツだったり、インテリジェンスなスーパーAIという"ガワ"は「いやいやそんなAIないでしょ!」とツッコミを入れようと思えば簡単に言えるものだ。
でも、キズナアイも公式にキズナアイを貫いている。

キズナアイが"ガワ"から"魂"が漏れ出ているように、聖飢魔IIも"悪魔"から"人間"が漏れていたりしたが両方とも自分達を貫いていた。
そんなアンバランスさが楽しく、面白く、高校生時代の自分からアラサーリーマンの現在の自分までを一本で繋いでくれている感じがして息抜きに久しぶりに聴いた聖飢魔IIとよく見ているキズナアイの動画が重なって、しみじみとしてしまった。

あの時、たしかに自分にとってのキズナアイ聖飢魔IIだった。
そんな暴論を思ったりした。