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人生五里霧中

エヴァTV版見直し-第弐話『見知らぬ、天井』-上滑りするコミュニケーション

思った以上に気になったところ書き出すだけで疲れるなと思いつつも第弐話。

ちょくちょく止めたり巻き戻しているせいで時間がかかる。

前回:エヴァTV版見直し-第壱話『使徒、襲来』-逃げちゃダメだ - えのログ

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・歩くことだけ考える。→歩いた!

歩いた振動で公衆電話が壊れるのが良い。

エヴァという存在の大きさと、シンジがエヴァを動かすということの重要さが描写に重なっているように見える。

でもそれで「歩いた!」って大喜びのリツコ、どうかと思いますよ、自分たちで乗せておいて。

 

・「あなたの腕じゃないのよ」

ここら辺もライブ感というか、シンクロ率についてイマイチ設定が定まりきっていなかった印象があるんだけどどうだろう。

ここだけ抜き出すとシンジが痛みを感じていること自体錯覚とミサトが思っている節があるんだけど、実際エヴァでダメージを食らうと痛み自体フィードバックされるわけで。

 

・「シンジくん避けて!」

顔面鷲掴みにされている状況で言えるセリフじゃないというか、ラミエル戦でもですけどミサトさんの指示、容赦ない。

 

・意識が途切れる→知らない天井だ→『第弐話 見知らぬ、天井』

この流れはテレビアニメのフォーマットとしてかなりよく練られていると感じる。

Bパートに見所を作るためにうまく話を構成しているというか。

BGMが「シンジくん!」というミサトのセリフで唐突に切られて場面転換するのも印象的で良い。

 

・ゼーレの何も考えず出した感

ゼーレは存在自体作りながら考えたような週刊少年漫画系のライブ感がここから出まくっていて見るたびに微笑ましくなってしまう。

単純な使徒迎撃のための組織のお上ぐらいのふわっとした認識で描かれている感じがある。

ゼーレの立ち位置は本編のどのへんで補完計画の全容とまとめたんだろうか。

 

・広報部は喜んでたわよ、やっとうちも仕事ができたって

広報部、喜ぶんだ。えのきは仕事なんて絶対したくないけどな。

 

・「どうかしら、本当はみんな怖いんじゃない」「あったりまえでしょ」

「あったりまえでしょ」とこの小さく吐き捨てる感じのミサトさんの言い方が良い。

ミサトさんの外面と、ミサトさんの内面のギャップが漏れている感じがする。

 

・目が覚めたシンジ、病院で運ばれる綾波を見る、目を伏せる

ここは一話で自分が素直に戦わなかったから綾波の傷が開いて血が出たとか勝手に負い目を感じているんだろうか。

自分がすぐに戦わなかったから→綾波が負傷している、ぐらいの飛躍した思いつめ方を感じる。

 

・病院の待合所で左腕を見つめるシンジ

使徒によって折られる→再生をした腕。「あなたの腕ではない」と言われてもシンクロしているシンジからすれば生々しく自分の腕が折られ、再生したわけで、そんな腕が昨日と変わらずそこにあるというのは非現実感はそりゃあるだろうなという感じがする。

第壱話でもだけど、シンジは身体性を通じて外界との接触を感じようとするとき、腕や手を通じて理解しようとしている印象がある。やたら手の描写入るし。

Aパートでは結局使徒との戦いがどんな風に決着したかわからないままなので、視聴者側の使徒を倒したと言われてもピンとこない感覚とシンクロする。

手をニギニギするのでなく、じっと見つめているだけというのはその感覚の断絶の表れでもあるとも思う。

自分でニギニギ動かしていない→まだ使徒を倒した実感がない、みたいな感じで。

 

・「相変わらず楽天的ね」「あら希望的観測は人が生きて行くうえでの必需品よ」「そうね、あなたのそういうところ助かるわ」

リツコとミサトの会話。

ミサトは実際のところ全く楽天的な性格ではないと思うし、第弐話時点でも人間関係でも希望的観測はしていない(この後のシンジへの意図的に作った振る舞いとか含めて)

それでネルフ内部で特に近い存在のリツコに対してもそんな風にミサトは自分を見せている節があるのは、ミサトさんの他者への関わり方がうかがえる。

結局シンジと同じくかなり内向的なんだよね、ミサトさん

 

・コンビニでの民間人の愚痴

シンジが民間人の第三新東京市での愚痴を聞きながらカメラの前を民間人が通った後に不愉快そうな表情になる描写が好きすぎる。

3話でのトウジへの「乗りたくて乗ったわけじゃないのに」というぼやきにも通じるが、シンジとしては「エヴァ使徒を倒す」という責務を急に押し付けられてなんとかこなしたというのに全く認められない(認識されない)というザラついた嫌さがある。

第弐話にして当事者への周囲の不理解さが浮き彫りにされる描写はぞわぞわする。

 

第三新東京市の全体を見せるミサトとシンジの上滑りしたコミュニケーション①

ミサトさんから「すまないけど、ちょーっち寄り道するわよ」と言って第三新東京市の迎撃要塞都市としての全容を見せて「あなたが守った街」とコンビニでの民間人の会話に対してフォローをしているのだけど、シンジに刺さっている描写がなくて上滑りというか、届いていない感じがする。ただ第三新東京市という環境を理解しただけというか。

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 ・ミサトとシンジの上滑りしたコミュニケーション②

シンジの歓迎会をするミサトさんの一連シーンはミサトさんのハイテンション、BGM、ペンペン登場あってコミカルなシーンのようなのに、

「ちとわざとらしくはしゃぎすぎたかしら、見透かされてるのはこっちかもね」

なんてそれらの振る舞いが全部擬態っていうミサトさんのやばい根暗加減が垣間見える。

当のシンジは「葛城ミサトさん、悪い人じゃないんだ」なんて風に見透かしているわけでもなく、むしろ好意的に受け取っているあたり互いの感情がいまいちかみ合っていなくて上滑りしている印象がある。

 

・自分の道具としてシンジを見ていたことを自己嫌悪するミサト(入浴中)

第壱話での「乗りなさい」のくだりに対してのミサトさんの自己嫌悪。

風呂は命の洗濯といっておきながら逆に自己嫌悪しているのがなんともいえない。

シンジを引き取るのも罪悪感からだったり、自分は道具としてシンジを見ているわけではない、といったエクスキューズでの振る舞いにも見える。

ミサトさんの「(使徒を倒したのに)嬉しくないわね」だいぶまともな感想だ。

かといってシンジをエヴァに乗せる環境から簡単に脱却できない状況がこの状況なのだけど。

 

・フラッシュバックからの第壱話の続きの使徒

Bパートの見せ場、使徒を倒した時の一連のシークエンス。

暴走という表現は初めて知った時かなり熱い設定だったなと今見ても思う。

本来コントロールできるはずのロボット(ロボットではないが)がコントロール不可になり、強大な力を行使するというのはロマンがある。

 

・ずり落ちる頭部の拘束具、ギョロりと初号機と目が合う、悲鳴

エヴァの得体のしれなさみたいなものがあふれている。

知らない環境と得体の知れないエヴァはある意味シンジにとって連想で繋がる存在なのかなと思ったり。

何も知らない環境で過ごすこと、何も知らないエヴァに乗らされること、未知への恐怖というなら同じなんじゃないかと。

 

・「あなたは人に褒められる立派なことをしたのよ。胸をはっていいわ。おやすみシンジくん、頑張ってね」

ミサトさんからは純粋なシンジへのエールなんだろうが、上記のようなプレッシャーの渦中のシンジには届いていない。

第弐話のミサトさんとシンジのコミュニケーションの上滑り感はだいぶひどい。

ミサトさんの言葉がシンジのメンタルケアになっているようで、全く届いていない感じが改めて見ると凄まじい。(4話にも繋がるセリフなのであくまで"この時点では"ぐらいの届かなさではなるけど)

テレビ版について前半は基本的に明るく、ところどころダウナーな萌芽があるような印象だったが、こうしてみるとしょっぱなから崩壊直前の氷の上を歩いているような緊張感がある。

 

・次回予告

「新たな生活を状況に流されるまま送るシンジに友人が生まれるはずもなかった。」

次回予告から辛辣なので気の毒すぎる。

次回は着信履歴が残らないオタク達がこぞってキャプ画を使った『鳴らない、電話』

 

次回:エヴァTV版見直し-第参話『鳴らない、電話』-"あてつけ"としての使徒への突撃 - えのログ

*1:エヴァ1巻だとゲンドウにかけられたかった言葉をミサトからかけてもらい、心の隙間が埋まるような意味合いのシーンに変更されているだけにこのミサトさんの言葉が宙に浮いたままの印象が強い。