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人生五里霧中

エヴァTV版見直し-第参話『鳴らない、電話』-"あてつけ"としての使徒への突撃

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前回:エヴァTV版見直し-第弐話『見知らぬ、天井』-上滑りするコミュニケーション - えのログ

しょっぱなから病んだ雰囲気になっている回。

改めて見るとシンジの命令無視→使徒へ突撃、プログレッシブナイフで限界ギリギリで倒す、という「逃げちゃダメだ」にもシンジなりの考えがあるんじゃないかと見ていて感じた。詳しくは後述。

 

・目標をセンターに入れてスイッチ

淡々と指示に従いトレーニングをやるシンジ、不服そうなミサトさん

この時のハイライトのない瞳でひたすら「目標をセンターに入れてスイッチ……」と言い続けるシンジが怖い。

第弐話でのコミュニケーション不全からどんどん悪化しているような印象を受ける。

 

・鳴らない電話

ミサトさんとリツコに友達がいないんじゃないかと話をされるシンジ。

ヤマアラシのジレンマの話題もここで出てくる。

「ま、そのうち気づくわよ。大人になるってことは近づいたり離れたりを繰り返して、お互いがあまり傷つかずにすむ距離を見つけ出すってこと」

ミサトさんは言うけれど、この辺りのミサトさんミサトさんで適切な距離を取れていないように見える。

ここら辺のこんがらがりが、4話に続いていく。

 

・ケンスケ

トウジへ届けるプリント忘れてたり、割と適当なのかドライなのかケンスケ登場。

4話で転校する人間が多いと言っているので第三新東京市はケンスケに限らず結構ドライなのかもしれない。

 

エヴァパイロットと知られるシンジ

質問攻めにあうシンジに聞き耳を立てながらメモを取るケンスケが印象的。

 

・わしはお前を殴らないかん→僕だって乗りたくて乗ってるわけじゃないのに

二話のコンビニの民間人の愚痴をよりシンジに対して直接的にしたトウジパンチ。

トウジの八つ当たりしたくなる感情はまあそうなんだけど、シンジとしてはエヴァパイロットの責務を危険な中なんとかこなしたというのに全く認められないストレスがあるんだろう。

「言われたことをしっかりとこなしているはずなのに認められない」そんな自分の状況のしんどさ等を周囲に伝えようとしないシンジのコミュ障っぷりもあるんだけれど、保護者の立場であるはずのミサトさんもそれを全く汲まないので余計にこじれていく。

 

・「父さんもいないのに、なんでまた乗ってるんだろう。人に殴られてまで」

第壱話で父親と向き合うこと=エヴァに乗って戦うことに「逃げちゃダメだ」となっているが、ここではその「逃げちゃダメだ」がなくなっている。

ただ言われたから、戦うという状態なので直前に殴られたのもあってシンジのテンションがマジで低い。

押し付けられたことがことだけに、責める気にはならないのだが「トウジの妹を怪我させた罪悪感」というより「嫌々乗っているのにぶん殴られた」というのが相当シンジの中でウェイトがある様子。

 

・「バカ!爆煙で敵が見えない!」

「やったか!?」と言わないだけミサトさんが凄い有能に見える。

 

アンビリカルケーブル切断

このあたりの街全体をダイナミックに使った戦闘シーンと作画はかなり好き。

第2話よりも個人的には好き。切断されたアンビリカルケーブルたわみがこう、いいよね……

 

・トウジ、ケンスケ付近に落下→「僕らがここにいるから自由に動けないんだ」

トウジとケンスケにはだいぶこのあたりでトウジの妹の怪我とかがシンジの操縦でどうにかなる問題ではないと伝わっていると思うんだけど、シンジからするとそれどころじゃない。また理不尽にキレられるんじゃないかって嫌な気分もいいところだろう。

 

・退却命令が出ているにもかかわらず「逃げちゃダメだ」になる動機

3話の「逃げちゃダメだ」はだいぶ1話の「逃げちゃダメだ」と意味合いが変わってくる。父親もいない、ミサトに命令されたわけでもないしむしろ撤退命令が出ている。

その状況では1話の「逃げちゃダメだ」と同じ「逃げちゃダメだ」は出てこないはずだ。

じゃあなんで「逃げちゃダメだ」が出てくるかというとトウジとケンスケに自分の状況を伝えようというシンジなりの考えが働いている気がする。

 

シンジからしてみれば「乗りたいわけでもない」「戦いたいわけでもない」「守らなくてはいけない存在もいない」という状況で押し付けられる形でエヴァパイロットをやっているわけで、シンジ視点からするとトウジに殴られるのは理不尽にもほどがあるのだけどそのストレスを正確に伝えられるほどシンジのコミュニケーション能力は高くない。

トウジとケンスケ視点では、「見物にいく前のトイレでの会話でシンジが戦わなくてはいけない状況把握」「自分たちがいるせいで自由に闘えない」「エントリープラグ内で遊びではない戦闘を見る」を経て、シンジが(トウジがとりあえずぶん殴った時のイメージと違い)何かしらの責務を背負っていることは察しいそうなものだけど、シンジの視点からすればさっき「お前がパイロットで迷惑した」と殴ってきたクラスメイトが戦闘中にいきなり真後ろに立って見られている状態なのだ。

 

これで「じゃあ撤退命令が出たんで帰ります」ってやったらどうなるか、とシンジ視点で考えていくと「クラスメイトに"自分たちを事故に巻き込みそうになりやがって"と思われる」「自分が辛いという状況を理解してもらえない」「また殴られる」「そんな理不尽が続いてたまるか」「戦っている時の辛さをクラスメイトに伝えないといけない」「だから、逃げちゃダメだ」ぐらいの考えが出てもいいんじゃないだろうか。

*1

そんなトウジとケンスケへのある種のあてつけと、「エヴァに乗っているのだから使徒を倒さないといけない」といった動機から「逃げちゃダメだ」→突撃という流れになったんじゃないかと。

エヴァに乗ることも辛い、使徒と戦うのも辛い、でもその辛さを理解されないのはもっと辛い、だから見せつけてやる。そんなリストカットを人に見せるかのように、自分が傷ついている様を見せつけるための突撃だったように見えた。(もちろん使徒と戦う自体本当に辛いからこその突撃のくだりだと思うのだけど、平行してその辛さ自体を伝えるためのパフォーマンス的な)

4話で「ずるいのは僕だ!」とトウジとケンスケに叫ぶシーンがあるのでその"ずるさ"が何かと考えていくと、自分の辛さをしっかりとした言葉を介したコミュニケーションで伝えるのではなく、こういったあてつけのような形で伝えようとしたことへの謝罪に見える(ミサトと同様のコミュニケーションをした反省もあるのだと思うが)。

 

シンジの「自分をわかってほしい」「理解して受け入れてほしい」みたいなエヴァ後半のドロドロしたテンションから出てくると思っていたメンタルはこうしてみると意外と序盤から一貫しているんじゃないかという気になってくる。

 

 ・使徒への突撃、活動限界ギリギリでの勝利。

ここのシンジの叫びは何度見ても感情が乗ってしまう。*2

活動限界の設定説明を冒頭でやったのをそのまま戦闘の展開に組み込んでいるのは中々見せ方としても凝っていて面白い。

 全体的にシンジの泣く一連のシーンは見ていてこみ上げるものがある。

 

不登校になるシンジ、電話をするトウジ

せっかく鳴ったのにどうやら電話は繋がらなかった様子で「つづく」

改めてみると序盤からディスコミュニケーションミルフィーユみたいなアニメだ。

 

・次回は第四話『雨、逃げ出した後』予告から割りとシンジに容赦がなく辛辣。もっとサービスしてほしい。 

 

次回:エヴァTV版見直し-第四話『雨、逃げ出した後』-コミュニケーションが成立する瞬間 - えのログ

*1:エヴァだとミサトさんへの反抗という形で表現されているが、このシーンに至るまでのコミュニケーションの積み重ねが違うので動機も違うと解釈した

*2:テレビ版とは違うが、序を劇場で見た時はラミエル戦以上にこのあたりの叫びに妙なシンクロをしてしまい泣いてしまった。