えのログ

人生五里霧中

9/21 ヤドカリプス(アポカリプス)

ヤドカリプスは相変わらずだ。

 

今日は雨だった。
雨はひどいが用事があったので渋々外に出たのだけれど、道行く人はもうすっかり貝殻が付いている。
皆がヤドカリのように貝殻を被り、のそりのそりと道行く様は滑稽であると同時に薄ら寒さを感じさせてくれる。
ヤドカリの貝殻を皆が被るようになったのはいつからだっただろう、最初はみんなTwitterでも話題にしていたのに最近は全然見なくなった。だからこうしてブログに書いているのだけど。
 
僕は皆がヤドカリの貝殻をかぶることをヤドカリプスと呼んでいる。アポカリプスみたいだからだ。
みんな、ヤドカリの貝殻をヘラヘラと笑っていたけれど、今の僕は笑う気にはなれない。
これはもう世界崩壊の序章なのではないかという気がするからだ。
ヤドカリの貝殻を被った人は一様にその背中の貝殻に気付かなくなる。
「ヤドカリの貝殻を背負ってる?またえのきがよくわからないこと言ってるよ……」みたいな感じで。
 
でも、そう話していた友人だって僕にそう言う数日前はヤドカリの貝殻を見て笑っていたのだ。数日後にヤドカリプスに飲まれてわからなくなってしまっただけなのだ。
不思議なこと、突飛なことだって、なんだって起こるのだ。
 
まだ何も起きていないだけで、このヤドカリの貝殻は危険な気がする。少しずつ少しづつ、世界を侵食してヤドカリまみれにする。そうして、危険性に気がついた時には手遅れなのだ。あるいは今がその時なのかもしれなかった。もうヤドカリプスに飲まれていない人の方が稀だからだ。
 
電車に乗っていると周りがヤドカリの貝殻まみれになっていた。
右も左も四方八方貝貝貝貝貝貝貝貝貝貝貝貝貝貝貝貝貝×18。
電車で周囲の貝殻を見ることに夢中になっていると降りる駅を間違えて降りそびれて、また乗った電車をヤドカリプスで更に降りそびれた。
 

 
僕は狂っている。
 
▼▼▼
 
お昼はラーメンを食べた。家系ラーメンだ。
このところ3週間に一回ぐらいは家系ラーメンを食べたくなる。独特の味の濃さが脳に快楽物質を出しているのかもしれない。
僕は店の入り口付近のカウンター席でラーメンと小ライスを食べて1日のカロリーを摂取していたのだけど、周囲はみんなヤドカリだらけのヤドカリプスだ。
ただでさえ狭い感じの店内が、更に手狭に感じた。
 
そうしていると僕と同類(同類と認めたくないけど)のオタクみたいな学生がラーメン屋に入ってきてネットスラングみたいのを連呼していた。
「マーー????」とか券売機の前で言うし、隣の席に座る時も雨に濡れたからか「ファファファファファ、ファファファ……」とか言いながら座るので僕はいたたまれない気分になった。
 

 
その学生の背中には貝殻が無かった。
ヤドカリプスに飲まれていないから、そんな目立つ発言をしていたのかもしれない。
僕のようにヤドカリの貝殻を身につけていない人間の注意を引こうと必死なのかもしれなかった。
だけど、僕は用事があるので特に話しかけもせずにラーメンを食べ終えて店を後にする。
「ンゴ……」スマホポケモンのゲーム(GOじゃないやつだった。スマホで出来るの?)をやりながら寂しそうに学生の呟く声が貝殻のない背中越しに聞こえた。
 
途中、本屋に立ち寄ったりした。
本屋は昔ながらの本屋で、R18要素のあるグラビア写真とかが乗った雑誌が堂々と店内に置いてある。エロいはずの写真には貝殻を背負ってヌードの女性が写っていた。
店主も貝殻を背負っていた。
店員も貝殻背負っていた。
他の客も貝殻背負っていた。
 
本屋で貝殻を背負っていないのは僕だけだった。
居場所が無いような気がして、僕はツイン照子の家へ行った。
 
ツイン照子はここのところ、それはヤドカリプスの前から引きこもっていて、僕はツイン照子に差し入れを買っていくことを定期的にしていた。
放っておくとそのまま何も食べなかったりするので、食料を買って行かざるを得ない。
ツイン照子は学校などでは凄く順風満帆であったのに社会で"色々もうダメ"になってしまい、引きこもるようになっていた。
 
インターネット環境はあるけれどツイン照子はSNSなどをやらない。「やると惨めになる」と言っていた。僕もそんな経験は記憶にあるので賢明な判断だと思う。
ツイン照子はもっぱら人が死ぬゲームや映画を黙々とやる。何かがめちゃくちゃに壊れる様を見るとスッキリするらしかった。
 
ツイン照子の住むワンルームに扉をあけて入る。
部屋の奥の方からゲームをする音がして「入るよ」と言って入った。
奥の方からはゲーム内の銃声が聞こえてきて、またツイン照子が無差別大量殺人に耽っているのがわかった。
 
「ああ、いらっしゃい」
 
コントローラーを持ったそのままの姿勢で、モニターから目を逸らさず抑揚の無い声でツイン照子が言った。
 
「ここ、置いておくから」
 
そう言って僕は食糧を置いてスマホをいじった。
雨の音と銃声が部屋に響いて、変なハーモニーを作る。
雨の日は嫌いだ。気圧が下がると気分も下がる。
 
「やってらんないわよね……」
 
相変わらず姿勢を微動だにしないままツイン照子がそう呟いた。
 
「そうだね」そう言った。
 
じっとしたまま時間が過ぎていく。
今日は帰りたくなかった。こんなに雨が降っていると、どんどんヤドカリ人間たちは元気になる。雨が降ると動きやすいのだろう、ニコニコしているヤドカリ人間を見ながら、ヤドカリ人間で満員の電車に乗ったり、ヤドカリ人間たちの中を縫って歩いていくのは考えただけで辛くなってくる。
 
僕もツイン照子も同じようなものだ。互いにヤドカリプスに乗り遅れてしまったし、ツイン照子に至ってはヤドカリプスのことも知らない。ヤドカリプスを知らないツイン照子と話しているとヤドカリプスのことを考える必要がない気がして落ち着く。
 
きっと、世界はもうダメなんだと思う。
 
根拠もないけれどそう思う。ヤドカリプスはこのまま世界を飲み込んで、いずれ僕もその濁流に飲み込まれるのかもしれない。
もしかしたらヤドカリ人間に耐えられなくてその前にどうにかなってしまうかもしれない。
だから、僕にとってはどちらにしても世界はどん詰まりなのだ。
 
「あーあ、つまんない」
 
ツイン照子がゲームをやりながらそう呟いた。
つまらないならやめなよ、と思いながらツイン照子が画面の中で人を殺すのをじっと見ていた。つまらなくてもそれを続ける気持ちが僕にはわかる。ただ、何となくそういう刺激のあるシーンを一定のリズムで見ていると心が落ち着くのだ。それは部屋に響く雨音なんかよりもずっと気持ちを落ち着けてくれるものだった。
 
Twitterでツイートをする。
僕のツイートもツイン照子のゲームみたいなもので、何にも現状は変わらないけれど精神を少し落ち着けてくれるような作用がある気がする。
黙々とタイムラインを追いながら、ツイン照子のゲームを見続ける。
 
今日という1日が終わるように、世界はヤドカリプスで、僕とツイン照子は僕とツイン照子でダメになっていく。
 
しばらくして、しとしとという雨音が段々と心を落ち着け始めた。
ーーあぁ、そうかもしれない。
ふと、自分の中に漠然とした考えが浮かんで、笑えてきた。
 
どうしようもなく色々な流れについていけなくなってしまったけど、僕もツイン照子もヤドカリプスには乗れていたのかもしれない。
相変わらず僕もツイン照子もヤドカリの貝殻は身につけていない。
ただ、この部屋自体が既に大きな貝殻で、僕たちをもう守っているのかもしれなかった。
 
僕はスマホを見つめながら雨音とツイン照子の銃声を聴き続けた。
 
そんな風にして、今日は終わった。