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人生五里霧中

MOSAIC.WAV『Future-Fiction:AKIBA-POP!!』萌え=人生みたいなくだらなさを全肯定をしてもらったアルバム

 

Future-Fiction:AKIBA-POP!!

Future-Fiction:AKIBA-POP!!

 
二十歳になってからハマる音楽というのもあって、MOSAIC.WAVはそんな音楽の一つ。
いわゆる『電波ソング』を量産しているユニットで、有名どころだと『ガチャガチャきゅ〜と・ふぃぎゅ@メイト』とかだろうか。
今日はその中から『Future-Fiction:AKIBA-POP!!』というアルバムについて書いていく。

 

『Future-Fiction:AKIBA-POP!!』はMOSAIC.WAVの三枚目のアルバムで、好きなアルバムは他にもあるのだけど「萌え肯定、オタク全肯定」的な側面だと一つの到達点なアルバムだと思っている。

MOSAIC.WAV電波ソングをメインで扱っているのもあって、オタクに寄り添った曲とか、オタク目線の曲とかを良く書いていて、その描き方には卑屈さがなくて「アニメってすごい面白いんだよ!」「二次元の女の子ってこんなに素敵なんだよ!」ってポジティブなエネルギーに満ち溢れていて、とても良い。
正直なところ、僕はこのアルバムを聴いて泣いてしまって聴き慣れた今は外でも聴けるけど、聴いてしばらくは家でないと聴けなかった。
自分の中でどうしようもなく刺さるとこがあったから、めちゃくちゃに泣いてしまった。
 
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僕は小学校とか中学校で振り返ると「いじめ的なもの」にあっていた。
なんで「いじめ的なもの」なんて周りくどい表現なのかというと、友人間の関係の中でのことで、当時の僕は「友人間のコミュニケーションなのだから仕方ない」と本気で思っていた節があるからだ。
 
どんなことをやられたかって挙げればキリがないのだけど、体育の着替えの時間に下着を隠されてノーパンで授業受けることになったりとか、「なんかムカついた」といきなり頭殴られたりとか、「こいつはこんなエロイの持ってるんだぞ!」ってゲームラボの同人誌コーナーを切り取られて教室でばら撒かれたりとか、服脱げって言われて下半身を露出した写真を撮られて「メールで回しといたから。みんなキモいってさ」みたいなことやられたりとか……まぁそんな感じだった、ひっどいなあ。
 
それの根本的な理由は、まあ当時自分が落ち着きがなかったり、わがままだったりしたのもあるんだけど「オタクだった」というのが大きかった。
そんな事実はなかったように最近はネットで語られるけど、少なくとも僕の世界でオタクに人権はなかった。
高校に入るまで、「オタクだから殴られるのは仕方ない。オタクの自分が悪いんだな、オタクだから……」って本気で思っていた。
 
昨日のブログで「萌え」の感情の衝撃とかを書いたけどそれは僕の中だけの話で、周囲の人間からしたら「美少女コンテンツ」なんて物にハマっている自分は排斥の対象でしかなかった。
オタクであることがバカにされる原因であるのはわかっていたし、正直何度もオタクをやめようとした。
漫画から離れようと思ったし、アニメを見るのをやめようと思ったし、ガンプラを作らないようにしようとした。
その時の名残でライトノベルは触れるのが怖くなってしまって、積極的には読まなくなった。(ラノベ読むといじめられたから一般小説しか読めなかった。ハルヒとかキノの旅はそれでも読んだけど。)
 
でもねえ、無理。好きには抗えない。
「私をスキを諦めない」って本当いい言葉だよねユリクマーーーーユリ熊嵐
 
学校で殴られようとバカにされようと結局自分の萌えには抗えず、コンテンツから離れることはできなかった。
「みんなと同じ物にハマりたい」なんて思ってもクラスの人間が好きな『鋼の錬金術師』とかは「マネしてんじゃねーよ」と言われるので、触れてはいけないし、話せなかった。じゃあ何ならいいんだよって感じでしょ。自分の好きなものはオタクでそうじゃないものは「パクるな」って。でもまあコンテンツ欲求から鋼の錬金術師はこっそり全巻読んだりしたけど。
オタク差別がほとんど「えのき差別」だったのもあって、他の人間が触れている少年漫画とかアニメはよくて「えのきが好きな物はキモい」みたいな感じだったのだけど、そこらへんは何となくフィーリングで感じて欲しい。
 
それで「自分にとって最高」なコンテンツが「周囲からバカにされる、雑にくくられて否定される」って状況で僕がどうしようと思ったって、今振り返ると笑っちゃうんだけど内心での理論武装だったのね。
 
「あいつらは「エロだエロだ」(美少女=エロみたいな否定のされかたをしていた)というけれど俺の好きなコンテンツはそんなそれだけで終わるものじゃない。もっと魅力があって、素晴らしくて、凄まじいものなんだ。絶対証明してやるバカにしやがって!!!!!ゴミには理解できないんだ!!!!!俺が啓蒙してやる!!!!!!(啓蒙するとは言っていない)」
 
みたいなノリで内面で理論武装しまくることになる。
「この作品はここが良くて、ここが優れていて、ここがおまえらの“低俗な”コンテンツとは違うんだ!」みたいな。
結局言うこと自体怖くて内面にとどめていただけど。
 
ただ、ずっとそんなノリで自分の中でアニメや漫画について考え続けてた。
インターネットで、自分よりもずっとアニメや漫画について考えている人を見て、感動したりもした。
 
そうこうしているうちに世の中はどんどん変わっていって、気が付いたらアニメを見るのは「変なこと」ではなくなった。
オタクがいる、ということも以前に比べればずっと当たり前のことになった。
オタクは限りなく一般人になった。
 
そんな世界も世界でたまに息苦しくなるけれど、ずっと前の自分の生きていた世界よりははるかに過ごしやすくなったと感じる。
 
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話がずれた。
 
それで二十歳ぐらいの時に、色々電波ソングがマイブームになってて、MOSAIC.WAVに出会う。
『Future-Fiction:AKIBA-POP!!』の1曲目『AKIBAの”A"からはじめよう』を聴く。
感情が揺さぶられまくる。
それまで、感じたことのなかった「肯定された」感情が湧いてくる。
 
何百万人が夢中になれること  「おかしなこと」で片付けちゃうのはムリじゃない?
だからわたしがキミを好きでも おかしなことじゃないよ
 
そんな歌詞が心に突き刺さる。
 
ずっと、理論武装していた。
好きな作品がどれだけ凄くて、どれだけ優れていて、どれだけ評価されるべきがずっと考えてた。
ずっと自分がそれを好きなことが「おかしなこと」じゃないって証明したかった。
 
周囲の人間とかテレビとかでずっとバカにされていて、「どうせ俺はキモオタだし」って卑屈になるしかなかったのに、MOSAIC.WAVはそれを「アニメってすごい面白いんだよ!」「二次元の女の子ってこんなに素敵なんだよ!」とキラキラで歌い上げる。
きっと誰かにずっとそう言って欲しかったんだと思う。
自分がアニメとか漫画とかが好きで、「萌える」ことがおかしな感情なんかじゃないって言って欲しかったんだと思う。
「肯定された」そんな感情が湧いては湧いて、バカみたいに泣いた。
 
それまで筋肉少女帯とかが「わかるよ、俺もダメだよ、大変だよな」って自分を肯定していてくれてたんだけど、それはダメな自分の肯定で、
MOSAIC.WAVは「そんなことない、好きになっているそれは素晴らしいこと/ものなんだよ」と肯定してくれているようだった。
どっちが良いとかじゃない。ただそれまでなかった肯定をMOSAIC.WAVはしてくれた。
 
このアルバムのラスト『AKIBA-POP the Future』は萌え・オタク賛歌といってもいい壮大な曲で、7:30もある。
萌えとかが別に思い入れがない人とっては「なんでこんな壮大なんだよwww」って笑っちゃうような壮大な曲。
でも、きっとそれだけの感情が「萌え」とか「好き」を表すには必要なんだ。
それだけ壮大で、バカバカしい衝動なんだから。
 
聴けば聴くほど、僕はオタクで、ずっとオタクで、オタクであることを少しだけ好きになれる。
 
まあそうは言っても僕がどこまでオタクなのかってずっと薄っぺらい潮干狩りなのだけど。
イキりオタクとか、そういった感じにはなりたくないし、ならないように気をつけるけど、MOSAIC.WAVを聴くとそんなことを考える。
薄っぺらいオタクなりにオタクとして生きるのはそう悪いことじゃない。
 
かなり重い感情を書いてしまったけれど、MOSAIC.WAVは聴きやすい電波ソングの宝庫です。
「最近キュンキュン言ってるような曲聞いてねえなあ」みたいな人は触れてみてはどうでしょ?
 
 
でもまあ二十歳なって聴いたのにもう10年近く経っている……時間の流れ……
今日はそんなことろで。