えのログ

人生五里霧中

労働で頭がもうダメ

・毎週のことながら木曜日ぐらいになると完全に脳が終わる。思考がさっぱりで、生産的な活動を起こそうという気分にならない。

 

・働いていると痛感するんだけど「ナメられたら終わり」みたいな構造がめちゃくちゃに存在していて、どうやってもオタクな自分はそのナメられの対象になるのでやりづれえなぁ、と感じるばかり。

 

・瞬間的に「暴力しかねえ」みたいな気持ちになるんだけど、ムカつきを突き詰めていくとそもそもファッキン労働の中にセットされた「ナメられたら終わり」価値観みたいなもの自体にムカついていて(実際にナメられてムカつくことのもある)、「よっしゃナメられないようにサバイブするぜ!」っていうのは結局その構造を肯定しちゃうよなぁ、みたいなところがあるのでキエーってイライラしたり、クヨクヨしたりすることで自我を維持している。

 

・だからこうしてブログに書いてる。いやーナメられないようにはなりたい気持ちはあるけど「ナメられたら終わり」みたいな構造自体ぶっ壊れて欲しいよ。ナメたくもない。労働に魂をすり減らしたくないので。

 

・仕事の話終わり。

 

・本を読んでる。

 

 

舞城王太郎の小説と愛媛川十三(舞城)の評論が読みたくて……

 

愛媛川十三の『いーから皆密室本とかJDCとか書いてみろって。』が面白い。評論という体裁ではあるけど、そもそも愛媛川十三は、『煙か土か食い物』の三郎の名義だし、って考えるとスピンオフ小説とも読めるけど同時にその後に実践編として舞城王太郎名義で出され『私たちは素晴らしい愛の愛の愛の愛の愛の愛の愛の中にいる。』も読むとこれはその時点で小説が始まっているし……となって面白い。

 

・『私たちは素晴らしい愛の愛の愛の愛の愛の愛の愛の中にいる。』読むと舞城王太郎という名前自体もう、『舞城王太郎』にとっては仕組んだ物語なんだなと思ったり。もうあーだこーだ作者について考えるだとか、『世界は密室で出来ている』を三郎の小説と読む流れすらケムに巻くというか、舞城の文脈に絡めとられている。

 

・しかし舞城王太郎(あるいは愛媛川十三あるいはetc)に言わせると密室って別にミステリじゃなくてもかけるんですね。なんか俺も書ける気がしてきたよ。

 

・しかし最近読む本がだいたい面白い。面白い本読むと書くモチベ出ないんですよね、出ないことないですか?めちゃくちゃ評判良くて自分にとって「つまんね〜〜〜〜〜」ってやつ読むとめちゃくちゃ書く気が出るというか。

 

・小説。最近掌編書いてたんですよ。百本くらい。

kakuyomu.jp

 

・結構面白いと思う。暇なら読んでくれ。

 

・んでなんだけど、長編書きたいなーとグジグジ考えてるんだけどなかなかブーストかからないんですよね。読む本が面白いのばっかで楽しくて……

 

・面白い本にモチベ刺激されることももちろんあるんだけど、「はぁ?これ面白くねえだろ?」みたいな時にムカついて書くみたいな衝動もあったりして、こう、めんどくさい。

 

・でも適当にルーチンで書くのが一番いいんですよね。書いているうちに面白くなればいいわけで。だからそのうち適当にまた書き出そうと思ってます。7月にはまた小説活動は再開したい。

 

 

・話戻って舞城の『私たちは素晴らしい愛の愛の愛の愛の愛の愛の愛の中にいる。』この構造、『淵の王』で見たなーとも思ったり。ちょうど手元にあるのでこれも読み返さないとな〜

 

淵の王

淵の王

 

 

・JDC、というか流水大説をいい加減触れないとダメだなってなってきた。舞城の文脈、それに対してのアンサーで書いている節が散見されるので大元触れないとダメだろうなと。

 

・というわけでコズミック読み始めてる。大学生の時に読んでおくべきだった。

 

 

・今日はこんな感じ。全然まとまりないな。ちまちま映画も見ているんですけどね。『羊たちの沈黙』『セブン』『テルマ&ルイーズ』『ラバランチュラ』『ボルケーノスパイダー』とか見た。もうちょいガッツリインプットしたいなぁ。

 

・なんか最近舞城関連ばかり掘っているのでちょっと軸をずらしたものを読みたくなってきた。積んでしまっているラノベでも読むかな。

 

・今日はこんな感じ。明日多分残業なんですよね。働きたくね〜〜〜〜〜〜〜〜