えのログ

人生五里霧中

NANAが面白い。マジで面白い。

 

 

いや、NANA大傑作なんですが。面白すぎる。

DMMのセールで買ったんですが1冊読んだらいきなり全巻読んでしまってようやくシンエヴァという「さようならすべてのエヴァンゲリオン……」な長年待った作品の完結を見たと思ったら今度はNANAの続きを待つ2021年に突入してしまった。いや、続いているのかもしれない。

 

NANAは出来事も結構起こるんですが、とにかくそれによる「心」自体が常に問題の中心となっていて、理屈であったり、合理性であれば「こうした方が良い」というのは当人でもわかることであっても自分の気持ちは違う、というアンバランスかつ生々しい感覚に常に向き合っていてそこが引き込まれる。あまりにも人間関係における「し、真理……!」と言ってしまうようなキラーフレーズがしばしば出てくるもので圧倒されっぱなしで一気に21巻まで読んでしまった。

 

こういう夢中になった作品は人の感想を読みたい〜〜〜〜〜〜となるんですが、NANA、以外とない。正確には感想はあるんですが、自分の読みたいツボを押さえてくれる感想がないというか……この感動を言語化してほしいんだ私は……!となるんですがないなら書くしかない。というかそういう時こそ頭を絞って感想を書きたいという気持ちがあるので曖昧でも徐々に言語化してみたい。

 

NANAは小松奈々(ハチ)と大崎ナナの二人の「NANA」が出会って……という物語なんですけど、一巻はそれぞれが東京に出る背景の読み切りで出会ってすらいないんですよね。物語が動く前。なのにその時点でめちゃくちゃに面白い……!

 

どういうところが面白いかというとひたすらに合理性ではない「心」の話が展開されるtころ。

NANAはまだ自分の中で新しい衝撃すぎて、スムーズに言語化できないのでそれだけでは多くの事柄を取りこぼしてしまうのですが、あえて自分の既存の概念を使って表現するとですね。

NANAはね、エヴァなんですよ……(ろくろを回しながらギラギラした瞳で)

※これはえのきがエヴァを見た時に心が動く回路について、NANAを読むと刺激されるという意味であり全くそうではありません。だが、だがしかし俺は「人と人が関わること」「心には断絶があること」「それでも誰かといたいという意志」=「エヴァ」と認識してしまっているため私は日常生活での「今の瞬間はエヴァだなぁ」とか「そこにいたのか……エヴァ……」となっています。という意味と解釈してください。以上。

 

どういうことかというとTV版の男の戦いとか、旧劇場版である『Air/まごごろを君に』で視聴者とか他のキャラからしたらシンジは絶対エヴァに乗った方がいい場面で、それだけじゃ絶対乗らないんですよね。乗りたくないから。乗らないと決めているから。状況とか正しさじゃなくて、自分がそうしたくない、そうしないと決めているから。それがクリアされない限り乗らないから。

自分はそんなエヴァの心の動きが好き理由の一つなんですよね。

そんな「正しさ」、そうした方が絶対に得だったり、期待されていることで日常は満ちている。でも、自分ではそうしたくないのにそれを「正しさ」を盾に迫られる時なんて人生にありすぎるほどあるんですよ。

エヴァはそんな中で(最終的には乗るが)「乗らない」「乗りたくない」という気持ちを持った時は絶対に乗ろうとしないという心が徹底されている、と自分は受け取っているんですね。

他にもエヴァの話は腐るほどあるので別のところで……

 

それでNANAの第一話なんですけど、高校生の小松奈々ことハチが失恋するところから始まるんですよね。

相手は社会人、既婚者という完全にアウトな恋。見方によっては搾取されているだけですらあるような関係。

相手(浅野)が東京に転勤するという理由で別れることになるという。それがハチにとっての傷になってしまう。

ストーリーだけで言うとハチがその後出会った章司と付き合うまでの話ではあるんですが、ここに既に葛藤がある。

ハチにとっての浅野との関係はなんだったのか。

それが浮気という倫理的に適切でない関係であったり、浅野にとってハチは遊びに過ぎなかった(少なくとも誠実な関係ではなかった)というのがあってその心の置き所が定まっていないんですよね。失恋の悲しみに浸りたくても、ハチにとって「恋」と呼ばれる関係性であったはずのそれがあまりにもあっさりと終わってしまったが故に、失恋とすら定義できずに傷になっている。

章司であったり、淳といった人々はいても中心はそのハチの心にあるんじゃないかと今のところ感じているんですよね私は。

たとえ遊ばれていた関係であっても、外部から見て滑稽だった関係であっても自分にとって真剣に生きていた関係をどう置くか。

もうこの時点で正しさの話じゃないんですよね。浮気が正しいか、正しくないかとか、ではない。「浅野は高校生を弄ぶカス」と定義づけて終わらせることも理屈のうえではできるんですが、ハチはそうしない。その自分の心、気持ちから逃げないんですよね。

自分の気持ちはデタラメだったのではないか。という疑いを持ちながらもそこを克服しようと試行錯誤する、というのが一話だったのではないかと。

その試行錯誤もスマートではないんですよね。浅野との関係から恋愛に恐怖が湧いていて、章司との関係にも自分の気持ちに素直に向き合えない。おそらくハチは本当に恋愛が好きで、恋愛が人生に必要なタイプなんですけど、その自分の性質のようなものに失恋、いや失恋と定義づけられない別れによって向き合えない。

淳や章司に言われる指摘はもっともな話ばかりで、それは正しく、ハチは愚かかもしれないけれど、それは真剣に自分の中の命題とハチは向き合っているんですよね。それを誰が笑えるというんだ。

 

あたしは彼を本気で愛してた

彼はそれを一時でも受け入れてくれた

それで充分だよ

ありがたいじゃないか

みじめに思う事はない

 

この境地に達せる人、一体どれだけいるんですかね。これは凄いことだと思うんですよ。自分の愚かさというか未熟さも、どうしようもなさも超えて、それでもその時感じていた自分の気持ちを本当だと信じる、あっさりと捨てられたのかもしれない、それでもそこに愛があったという。「でももう一度会いたいと思った。その時の気持ちは本当だと思うから」の亜種なんですよね……(ろくろ)と私の心がエヴァと接続されてしまう。

 

章司との関係だったりでもいくらでも読める箇所があって、NANAは一巻の時点で尋常なく語れるところがあって止まらないんですが、まだ一気読みしてまった状態なんでじっくり読んで言葉にしていきたい……いやマジ面白いんですよNANA……未完とか関係ないですからね、NANAに描かれている心の動きはもうそれだけで読む価値のある強度がありますよ……

 

またちまちま言葉にしていきたい。

今日はこんなところで。