えのログ

人生五里霧中

仕事辛い〜小説スランプ〜というぼやき

 仕事をしていると自分がどんどん狭量で心がさもしく無能になっている気がする。
だがこれは事実を誤認している。
 残念ながら自分の人生で自分が心が広く心がさもしくなく有能だった時はないから……

 とはいえ少しでもマシになりたいとは思っている。失敗は実際のところ取り戻せないという体感はあるが世界は思っているよりは広いのでその失敗の代替としての成功は無数にある、とでも思わないとやっていけないところがあるが。

 

 小説がスランプな気がする。
 いや、書こうと思えば書ける、というか実際書いてる。

 

 もっと正確に言うと自分の中で新鮮味を感じながら書くのが難しい。
 どうにも言いたいことがワンパターン(言いたいことがそれしかないからそれはいいのだが)だったり、構成が似たり寄ったりになっているという実感がある。実際のところ違いはあるし同じではないはずなのだけど、「そう思っている」というのが何より問題と感じている。

 おんなじ様なことを書いていても調子が良いと「うーん俺は最高に毎回面白い!」になるんだけど、そういう感覚がないというか。
 割と「スランプ抜けたぞ!うおー!」という時は微妙に全能感があるんだけど、今はそれがない。絞り出している感じがする。

 どうにもこれ、自己分析としては「書きたいことがなくなった」ではなくて「書き方がわからない」ので「手癖の書き方で乗り切ってしまう」というのが問題の核っぽい。

 

 

 

 

 

 そういう時はインプットして自分に刺激与えつつ、書くという行為をそれでも諦めないようにするしかない……と経験では思うので久しぶりに『1000の小説とバックベアード』を読んでいる。

 

 

第1章 約一万四千冊の本たちから遠く離されて

 1 作家志望者はまず無職になれ

 

 

 書き出しから仕事辞めるしかない気持ちになる。しかし一気読みしてしまったがめちゃくちゃ面白いんだよなバックベアード。小説を書く自意識、メジャーに対しての後ろめたさだったり優越みたいな自意識、小説に嫌気がさしている気持ち、小説を信じられない気持ち、自分を信じられない気持ち、それでも小説を書きたいと思ってしまう気持ちとか、そういうのがすごいある小説で興奮する。同時に自分がこんな小説という概念に心酔している小説を楽しんでいるというあたり自分にもまだ熱があるかも、と思えるのがいい。そう小説に思わされているだけかもしれないが。

 

 何はともあれそんな感じで読書しつつ、書けない気分を噛み締めつつなんとかやっていくしかない。人によってはあるんだけど「書きたい気分になるまで待っていよう」というのは思わず身を任せたくなる考えだけどそれは誤認している。
 何故なら自分の人生でそうしていてスランプから抜けられたことが一度だってないのだから……