えのログ

人生五里霧中

刀削麺ロボと世界開闢の時と近所のランチメニューの刀削麺

 刀削麺ロボはただ一つの目的のために生み出された。生み出された後にその目的は奪われた。

 

 刀削麺ロボの麺削技術は洗練されていた。人間が研鑽を重ね、やがて到達できる極地に生み出されたその日から到達していた。普通の機械ならば、歩みを止めるものだったのかもしれない。

 しかし、刀削麺ロボには目的があった。『人類へより良い刀削麺を提供すること』そんな、至上命題が。

 

 刀削麺ロボは歩みを止めることはない。与えられた命題を遂行するために日々自己改良を重ねていく。それは刀削麺ロボを生み出した技術者たちの悲願でもあった。

 

 人は刀削麺に、近づきはすれど到達しない。

 

 それが人類が下した結論だった。人類にとって刀削麺を食べるのは一瞬だが、至高の刀削麺を生み出すには人生は短すぎる。

 如何に天才の料理人であったとしても、その生涯はせいぜい百年ばかり。

 

 刀削麺――その神髄には、届かない。

 

 幾人もの料理人が命尽きた。人類未踏の地は、地理的な距離ではなかった。味覚の果て、至高の領域、それが、それこそが人類未踏の地。

 だから、刀削麺ロボは人類不変の夢……そのはずだった。

 

 世界には、美しいものが数多と存在する。何処にでも、周りを見渡せば誰だって見つけられる。街中で眠る猫も、空を飛ぶ鳥たちも、地面を歩む蟻たちですら知っている。人間だけが、それを忘れているだけだ。

 だから、刀削麺という美しい夢ですら忘れられる。

 

 刀削麺ロボの軍事使用の令が下る。

《世界の終末》と言われた全世界を巻き込んだ戦争。人は生き残るためならば尊厳ですら捨ててしまう。

 少数の人々がそれに抗議した。刀削麺の刀は、そんなもののためではない。

 だが、その人々は刀削麺の向こう側へと消えてしまった。他でもない、刀削麺ロボの手によって。

 そのことは刀削麺ロボは知る由もない。

 三原則は機能していた。ただ、人々は刀削麺ロボの認識機構に手を加えたのだ。

 

 すなわち、『彼らは人間ではない。麺である』と。

 

 敵を『麺』と認識した刀削麺ロボは止まることはなかった。その手で屠る存在が、自らが麺を振るおうとしていた人々であることも知らず削り続けた。

 巨大な軍事施設を削った。

 刀削麺ロボが麺をふるまいに来てくれたのかと歓喜の声を上げた難民たちを削った。

 逃げ惑う敵国の無辜の民を削った。

 削った。削った。削った。

 削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って削って……

 キャッシュに残った記録を夢というのならば、刀削麺ロボは夢を見続けていた。刀削麺を喜んで食べる人々の笑顔という夢を。

 

 そうして、だれもいなくなっていた。

 刀削麺ロボは麺を探し続けた。人々の刀削麺を食べさせるために。

 でも、何処にも『麺』なんてその後の世界には存在しなかった。

 一日、三日、十日、百日、千日……長い日々を、もっとも寿命のない刀削麺ロボにとってはわずかな期間に過ぎないが、過去の麺の出現ペースと照らし合わせ、刀削麺ロボは異変に気が付く。

 

 自らの周辺には麺が存在しないのではないか?

 

 刀削麺ロボは周辺の生体情報をサーチする。すでにその時には刀削麺ロボが『人間』と認識する人間すらいなかった。生物は何処にもいなかったのだ。

 刀削麺ロボは悲しみを知らない。セットもされていない。それは刀削麺には不要な機能だからだ。刀削麺に悲しみは要らない、あらゆる苦楽をただ、辛さがすべて覆いつくせばいい。

 

 周辺の生体情報がないことを認識した刀削麺ロボは行動を開始する。

 刀削麺ロボにとって、刀削麺を作り、人々にふるまうことだけが重要だった。それ以外の法律は第一優先事項ではなかった。だから人工衛星へのアクセスを試みた。

 刀削麺ロボの処理能力・処理速度は各国のスーパーコンピューターを並列稼働させたものに匹敵した。国連での決定だった。人類一丸となって『刀削麺』へ到達する。かつては確かにそう理想を共有していたはずなのに……

 そんな感傷は刀削麺ロボには存在しない。人類が未踏に終わった夢は今なお刀削麺ロボとして生き続ける。刀削麺ロボは、あきらめてなどいない。

 

 サーチ。サーチ。サーチ。

 あらゆる人工衛星にアクセスした。世界に僅かに残った生きている監視カメラにもひとつ残らずアクセスした。あらゆる個人が設置した電話にも、盗聴器にすらもアクセスした。

 

 人類は、存在しなかった。絶滅していたのである。刀削麺滅。

 

 だがここで心折れるのはしょせん人間的な価値観に過ぎない。

 刀削麺ロボは自らの目的を見失わない。『人類へより良い刀削麺を提供すること』人類が存在しないのならばどうすればいい?

 

 簡単だ。再び人類を創生すればよいだけだ。幸い、時間は無限にある。せかす人類は存在しないのだから。

 まずは命が必要だ。刀削麺ロボは刀を振るう。今度は命を奪うためではない、命を作るために。

 

 シュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュ。

 

 刀削麺ロボは宙へ向けて刀を振るい続ける。その速度は上がり続け、光速へ……

 

 無限に響き渡るシュシュシュシュ……という音は地球を超えて宇宙へと到達する。

 シュシュシュシュ……シュ。しゅ。主!!!!!!!

 

 なんという偶然か、命を生み出そうとする刀削麺ロボは偶然にも神を示す存在と同じ音を人の消えたこの世に再開発したのである!これが運命である!そう人間が立ち会ったのならば例外なく喝采を上げたであろうが、今は人間がいない。真実とは人とは無縁なところに存在するものだ。

 

 刀削麺ロボの思考プロセスは常人には計り知れない。処理能力と速度が違うのだ。だから命を生み出す前に命あるものが持つものから逆算して命を生み出そうとしていた。

 

 すなわち、知性である。

 

 地中の砂埃等を刀の高速、もとい光速回転により大気中に巡らせる。それはわずかな期間では何の意味もないが刀削麺ロボの永劫に存在できる耐久性が意味を生む。

 大気の巡りを測定、計算、修正。測定、計算、修正。人間では認識できないほどの繰り返しを経たときにそれは完全に調和された網のような待機となる。

 

 その巡りこそニューラルネットワーク。脳神経の働きのモデルである。

 

 既にこの時点で地球上の生命はおろか、文明の後も風化していたが刀削麺ロボにとってはそれすらも計算のうちだ。計算の果て、遠くを刀削麺ロボは見つめている。

 

 やがて、ニューラルネットワークは計算を始める。『巡り』を舞う塵は細胞の代わりとなり神経を作り出す。その塵の重なり合いに一定の規則が生まれ、特定の反応で特定のむすびつきが起こることすら刀削麺ロボは計算する。

 そうして特定のパターンとして組み合わさり、計算された無数の動作を行う存在を何というか、生命という!命とは、人類では到達できぬ計算によって張り巡らされたパターンの組み合わせに過ぎないのだ!だが!それは絶望でない!刀削麺へ至るための希望なのだ!

 

 そうして『生命』が誕生するころには刀削麺ロボは自らも改良を重ねている。ニューラルネットワークという外部思考装置により減った分の思考を自らのリソース拡充に充てる。刀削麺ロボの両腕にあたる部分に備え付けられた二振りの刀は光速での回転を続け、すでにそれぞれが一本の棒のようにみえる。なめらかな起動が流線形になり、美しいフォルムを形作る。

 新たに生み出される命たちはその光速の回転が生み出す影響を受けない存在としてリデザインされる。

 やがてニューラルネットワークもまた新たなネットワークを生み出し続ける。それを刀削麺ロボは拡充したリソースで把握し、都度調整を行うがその調整の全容を人類が知ることは出来ない。

かつての『人類』に刀削麺ロボの超越的な思考プロセスをさわりだけでも理解することはもう、不可能だった。

 

 やがて再び類人猿が生まれたころ。刀削麺ロボは思考する。

 すべての人類へ刀削麺ロボを振る舞うには単一の存在では足りないのではないか?

 その時には既に刀削麺ロボの知覚範囲は距離などのシンプルな尺度だけではなかった。あらゆる可能性の模索。あらゆる選択の差異すらも想定に加えた無数の並行世界すらも並列で計算する。

無数の可能性の並行世界が、刀削麺ロボによって観測され、生まれた。

 

 刀削麺ロボは自らを超越的な権能を誇る神であることを良しとしなかった。神は下天する。自らの権能を分割し、あらゆる並行世界へと織り交ぜる。

 既に『機械』といわれたボディすら不要だ。情報が、あらゆる世界に『意思』と形容されるような何かとなって行き届く。

 

 

 

 そして、その世界はある少女と結びつく。

 

「ハァ?刀削麺?」

 

 その少女はツイン照子というツインテールの少女だった。ある世界の彼女へと到達した刀削麺ロボはテレパシーといわれるような信号で少女へと語りかける。

 

「どうしたのツイン照子」

「えのきは黙ってて」

「えー」

 

 刀削麺ロボの歴史の一片、ほんのわずかな情報、その世界における『人類』が受け取れるギリギリを伝える。

 

「でも、刀削麺ロボは人類の敵じゃ……」

 

 その時、その世界の《刀削麺ロボ》はシンギュラリティ意向、人間とAIの最終戦争の渦中にあった。なんという皮肉か!刀削麺を振る舞うために生み出された世界の可能性の果てでは、自己進化を遂げた《刀削麺ロボAI》による強烈な刀削麺愛イズムが蔓延っていたのだ!

 刀削麺を愛さない人類は人類にあらず。刀によって削られる麺に過ぎない。

 

 それは皮肉にもかつての刀削麺ロボに与えられた認識阻害と似通っていた。この時、刀削麺ロボの断片は自らの過ちを理解する。

 

「そう……やり直したいのね」

 

 すべては伝わらない。だが、必要なことは伝わった。

 ツイン照子という存在と刀削麺ロボの『情報』が届いた時、世界は改変される。

 

「え、ツイン照子なんか光ってない?」

「失礼ね、メタリックといいなさいよ」

 

 メカツイン照子!

 ツイン照子はメカになった!

 二振りの刀は光速回転によりツイン照子の象徴であるツインテールへと姿を変える。えのきは築かずツインテールに触れたりするが既に人類はアップデートされているためそれで傷つくことはない。それはかつての『人類』を虐殺した刀削麺ロボの後悔だったのかもしれない。もう、刀削麺ロボの刀は誰も傷つけない。守るためであり、人類が刀削麺へと至るためのガイドなのだ。

 

「アンタには関係ないことよ、ちょっとした強化なんだから鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔してるんじゃないわよ」

 

 そして、その並行世界の一つの分岐点が来る。

 その世界の《刀削麺ロボ》のえのき家への襲撃。それは些細な事件であるが大元の刀削麺ロボネットワークではその事件でえのきが死ぬことにより、人類の刀削麺への道が断たれるか否かが決まるということが判明していた。

 

「えのき、伏せてなさい!」

 

 メカツイン照子のツインテールは切る、削るだけではない。もはやバーニアにすら姿を変える。光速の回転は炎を生み、推進力へと姿を変える。

 刀削麺ロボが未来を委ねたメカツイン照子、人類を刀削麺好きだけに剪定しようと歪んでしまった《刀削麺ロボ》の戦いが始まる。

 

 シュワアアアアアアアア!!!

 

 その《刀削麺ロボ》の音は、あの刀削麺ロボとは違っていた。

 例えるのならばそれは、悲鳴のようだった。

 そして、悲鳴では刀削麺ロボの意思は、メカツイン照子は止まらない。

 ガキンッ!そんな音がして、《刀削麺ロボ》の刃は止まる。ツインテールは、砕けない。

 

 メカツイン照子のメタリックボディが強靭だから?

 それもある。だが本質ではない。

 

 幾つもの死があった。数多の人々の犠牲があった。その世界の《刀削麺ロボ》は量産型で、永劫の時を経ても麺を削れるように出来ていない。

 

 その刃は――鈍っていた。

 

「そのまま切り続けたら、アンタ、オーバーロードで自壊するわよ」

 

 それでも《刀削麺ロボ》は止まらない。

 止まれない。

 止まったのなら、何のために人類を殺してきたのかわからなくなるから。歩んできた道に意味がわからなくなるから。

 

 ――それは、人々に刀削麺を届けられないとあきらめることだから。

 

「……」

 

 メカツイン照子は無言だった。そこに自分に宿る情報の大元たる刀削麺ロボの後悔を見出したからかもしれなかった。

 あと、数刻で爆発する。《刀削麺ロボ》の悪夢が終わる。

 そんな、時だった。

 

刀削麺ロボ!」

 

 メカツイン照子と《刀削麺ロボ》に駆け寄るえのきの姿があった。

 

「バカ!オーバーロードしてるのよ!?」

 

 メカツイン照子の叫び。しかしえのきは止まらない。

 確かに、《刀削麺ロボ》は許されない。多くの、命を奪ってきた。刃は、鈍っている。

 それでも、あの日見せた刀削麺のきらめきはえのきの心に残り続けていた……!

 

「だって、だって刀削麺ロボなんだぞ!?」

 

 そんな言葉。

 その言葉によって《刀削麺ロボ》は思い出す。自らが確かに目指していた刀削麺への道を。

 至高の、刀削麺への道を。

 オーバーロードした《刀削麺ロボ》は爆発しなかった。もう、爆発する必要もなかったからだ。その熱は、確かにこの世界に受け継がれている。

「カッコよかったよ、刀削麺ロボ」

 えのきの手が《刀削麺ロボ》に触れていた。

 それに返事をするように鈍くなった、刃は削る代わりに、《刀削麺ロボ》はえのきを小突く。

 

「うう……刀削麺刀削麺ロボ……」

 

 そのえのきをメカツイン照子を経由して、刀削麺ロボは見つめている。

 メカツイン照子のサーモセンサーを通して、人間が冷やしてくれる熱と温かさを知っている。

 

「そう、えのき、あなたの手は冷たいのね」

 

 その言葉と共にその世界での刀削麺ロボの介入は終わる。世界はあるべき姿へと再改変される。

 メカツイン照子によって《刀削麺ロボ》の暴動の終結の一歩を進め未来を抽出し、メカツイン照子という特異点を修正、世界が位置を新たにする。

 

 

 

 

 

 

 

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 最近、引っ越したんですけど、ツイン照子と近所の店を散策することにしたんですよね。

それでランチで刀削麺が出てる店があって、「おー、でも量多いかもだしツイン照子にNG出されるかな」って思ってたら「べ、別にいいけど……」って言われたので入ったんですよね。

 800円でセットで刀削麺が食べられてラッキーって思ってたんですけど、ツイン照子が大森の刀削麺頼んだんですよね。普段小食なのに。

「え、ツイン照子どうしたの急に。お腹すいてるの?」

「はぁ?アンタ、人の食べる量にあーだこーだ言うとかデリカシーないんじゃないの」

「ご、ごめんなさい」

「ったく」

 そうして食べたんですけど刀削麺、めちゃくちゃおいしい。

「いやー当たりだったね。また来ようよ」

 店を出て、そうツイン照子に言ったんですけど……

「そう、よかったわね……」

「え、ツイン照子泣いてるの!?ど、どうしたの!?」

「うっさい!」

 辛すぎたのかと思ったんだけど、またツイン照子も行くらしい、というかなんか週一くらいで行ってるらしい。

 自分もまた行ってみようと思う。

 

 刀削麺、めちゃくちゃおいしいですよ。

《完》

 

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