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人生五里霧中

時代の淘汰圧にどう抗うか?ここに古い手段(テキスト)を残そう『トップガン マーヴェリック』

topgunmovie.jp

 

 インターネットでだいぶ話題になっていて、「絶対に劇場で見た方が良い」というニュアンスの感想をずっとTwitter受動喫煙しているような状態だったのと、「なんか見たい気がする!」という状態になったので予定を調整して見てきました。マーヴェリック。

 

 これが〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜めちゃくちゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜良かった!超名作!

 

 ということでネタバレ感想を書いていきます。もう公開から結構経ってはいるけど、まぁ一応。

 

ざっくりあらすじ

 

 マーヴェリックは今でも海軍で現役パイロットをやっているけど、時代の流れでパイロットは不要の雰囲気になっている。

 マッハ10のテストパイロットを冒頭で上官の意向を無視して打ちかまして成功させた結果、かつて自分が学び、過ごした『トップガン』へ教官として戻ることになる。

 スターウォーズのデススターをぶっ壊してそのうえでめっちゃ攻撃される中を全員生還する、みたいな無茶振り作戦を成功させるためにマーヴェリックは一癖二癖ある若手パイロットたちを指導することになる。

 そこにはかつての相棒、そして訓練中に喪った友、グースの息子であるルースターもいた……

 

 

トップガン トムクルーズ』とか思わず言いたくなるぐらいの主演トムクルーズの説得力

 

 私はそんなに取り立ててトムクルーズのファンってわけではないんですけど、トムクルーズレベルの俳優なら知ろうとしなくても情報はバンバン入ってくるわけですよ。もう結構な年齢なのにバリバリ現役でやっているし、普通ならスタントマンを起用するような場面でも本人でバリバリやる。

 というか、「これ現実で出来たんだ」みたいなことを第一線でやっていく、そんな人、それがトムクルーズ。そういうイメージくらいはある。

 主演の映画もまぁ見ているし、『トップガン』は最近まで見ていなかったんだけど、これを見にいくにあたって予習で見ていた。

 

 そのレベルのイメージでもこの映画の冒頭を見たときの「うおおお、このトムクルーズじゃないと成立しない映画をやっている!」感は異常。

 

 冒頭のダークスターのマッハ10のテストの時点でミッションインポッシブルシリーズで飛行する飛行機に外からしがみついているトムクルーズが重なるわけですよ。スタントを生身でやっているトムクルーズがもうオーバーラップ。

 もう派手なスタントとかを無理にやる時代でもないんですよね。普通に危険だし、CGとかを使えばそういう映像は撮れる時代になっている。

 

 でもトムクルーズはそれをやるんですよね。そういう理屈ではなくて、それで生きている仲間や後進がいるから。

 

 もうこの時点で「うわあもう主演トムクルーズしか考えられないじゃん!」となる。前作と同様の『無茶』をマーヴェリックはやっているわけだけど、そこの文脈はもう『若さ故の無茶』ではなくて自らにとって守りたいものがあるからこその『無茶』となっていて、それは現実のトムクルーズと映画を見ている私が反射的に重ねてしまうところでもある。

 作中でペニーとかバーニー・“ホンドー”・コールマン海軍准尉(だったはず)がマーヴェリックに「その目線(視線?だっけ?そういうニュアンス)の意味は?」みたいなことを聞くシーンが何回かあるんだけど、その真意はもうマーヴェリック/トムクルーズにしかわからない。

というか、ある程度察しは付くんだけどマーヴェリック/トムクルーズもキャリアを重ねていて、本人の意向以上に影響はデカくなっていて、それはもうエヴェンゲリオンイマジナリーならぬ、マーヴェリック/トムクルーズイマジナリーになっている。

 この問いっていうのはこの映画を見る私が映画のマーヴェリックの一挙一同にトムクルーズを見出す心の動きと同じで、ただそこにマーヴェリック/トムクルーズがいつもの雰囲気でいるだけでそれを見る人間が意味を見出してしまう。

 それはマーヴェリックのキャリア故の重みでもあるし、そのままトムクルーズの重みでもある。

 

 そういう『目線』を開幕からとにかく自覚的にやっている映画で、「ちょっとこれはかなり気合を入れてみないとヤバい映画だぞ」と開幕で一気に引き込まれる。

 

 多分この映画、CG?とかあんまりやってない映画、スタントをばりばりやっている映画、だと思うんだけど(ちょっと細かく調べられていない)そういう想定で見たときに撮影スタンスまでをも文脈に回収されて本筋の単純なデススター攻略作戦、みたいなものでなくてもっと大きなチャレンジの物語という風に見ている私は身を乗り出して(映画館で実際は身を乗り出してないですよ)夢中になってしまう。

 

 そういうマーヴェリック/トムクルーズでも実力的にも気持ち的にも現役でやれるのに、現実には色々なしがらみがあって、第一線に立てない状況になっていく。後進に任せないといけないシチュエーションが出来てくる。

 それがマーヴェリックがトップガンでの教官として舞い戻る姿で、このトップガンの続編を今になって再び主演としてこなすトムクルーズの姿でもある。

 この葛藤。ただ一人で頑張ればなんとかなる、ではなくてどうやっても一人ではなんともならない問題がある状況の難しさ、歯痒さ。

 この映画の尺でその葛藤が余すところなく描写出来ているのはやはり見ていて自然とマーヴェリックとトムクルーズを重ねてしまうが故だろう。

 映画界で、主演としてまだまだこなしていても、それでも後進も育てていかないといけない、自分だけでは映画界を盛り上げるには限界があって、自らのスター性のようなものを伝えられるようになっていかないといけない。

 

 前作の冒頭のシークエンスをなぞった構成なのに、もう全然意味合いが違っているんですよね。物語内部の文脈としても、メタな文脈としてもそれぞれが個別に機能するのではなく完璧にシンクロして見ている私に強烈な作品への没入を引き起こしている。

 

 この文脈の重ね方、ちょっと凄すぎる。他にもそういう名俳優はいると思うんだけど、過去の作品の続編としてこういう文脈を持ってお出ししてそれに耐える、ここまで『ハマる』のはトムクルーズだからと言えるところがあると思います。

 

時代の流れで移り変わっていくもの、それでもそれを大切にしようと受け継ぐ映画としての『トップガン マーヴェリック』

 

 それで、この映画はめっちゃヒットしているわけじゃないですか。

 もちろん上に書いたこの映画の文脈とか、シナリオについてこういう面倒臭いことを考えなくても楽しさがぶっ飛ぶ映画館だからこその大迫力の映像、サウンド、とかもあるんですけどそれ以外にもある気がするなって見ていて思ったんですよね。

 本作は大ヒットでとにかく広い層に受けているわけですよ。元々トムクルーズにもトップガンについて興味もそんなになかった自分も「なんかすごいっぽいし見た方がいいかな」って思うくらいの話題。

 まぁノスタルジーだったりとか、大人に受けているっていう指摘もあって、それも理由としてあると思うけど、正直大人を狙うだけでヒットするほど映画界も甘くないと思うんですよね。

 

 マーヴェリック/トムクルーズ映画、としてだと果たしてそこまでの普遍性のようなものを獲得しないのではないかと思うんですよね。

 でも、この映画にはそういう『マーヴェリック/トムクルーズ映画』という文脈を超えて、観客に届きうる熱があるんですよ。

 

 この映画は冒頭のマッハ10のテストの時点で『時代』の淘汰圧にどう抗うかって側面がある映画だと思っていて、ずーっと対立するものは最新鋭の存在となっている。敵の戦闘機は第五世代戦闘機とやらで、とにかく新しいものだってことはわかる。

 

 そしてその『最新鋭』という要素を決して軽く見積もっていない。

 

 もちろん映画のラストでそれをなんとか打ちかます流れはあるんだけど、本当に紙一重というか、『最新鋭』という存在がどれだけの脅威か、時代にそぐわないことがどれだけデメリットかってのをバッチリ描いた上でやっている

 

 それで、そういう『時代』の淘汰圧にどう抗うかって側面で見た時に私は自分のやりたいこととか、好きなことを重ねてしまうんですよね。

 もうこのブログとかTwitterとかでもしょっちゅう書いていて私の文章を読んでくれているありがたい人は「またか」となるかもしれないですが(というか昨日もnoteとTwitterでそういう話を書いた)、『今の時代に長文をわざわざ書く意味』みたいなものを頻繁に考えちゃうんですよね。

 

 私がこうしてブログとかに長文を書くのって自分の整理って意味合いもあるんだけど、人に対して好きなものを布教したかったり、インターネット越しの人たちに自分の感じた感覚を伝えて同じように通じ合う体験が出来たら、みたいなのを求めてやっているんですよね。

 それは自分のインターネット原体験がテキストサイト全盛期だったのもあって「こんな風にコンテンツについて語れるんだ!」とか「こういう作品ってあるんだ!」とか自分が感動して、そういう影響を受けて文章を書き始めたというのが相当ある

 

 ただ、ま〜〜〜〜〜〜時代の流れでいうなら長文ってもう時代遅れですよね。

 

 少なくとも私が上で書いた布教とか共感っていう意味だとベストではない方法になっている。と、いうことをこうしてブログとかで書いてきて体感としてはどうやっても感じている。

 

 Twitterとかで目を引く話題として盛り上がるとか動画サイトで話題になるとかそういうことの方が人目について導線としては多分効果を発揮するんですよ。これは自分自身もそういう導線で作品とかに触れることが多くて、昔のサブスクとかが無かった時代と違ってコンテンツがとにかく過剰供給で、情報キャッチするにもそんな手間をかけてらんないみたいな背景もいくらでもあると思う。

「これが原因だ!」みたいなわかりやすい理由は確定できなくても流れとして『文章』という手段が私の言っている動機を叶える手段としては、もう時代の流れではあまりベターな選択肢ではないってなっているのは普通にある傾向だと思う。

 

 ただまぁねえ、こうして書くのがやっぱり好きなんですよね。こういう手段が好きだし、こういう手段でなんとかやっていけないかって思っているところがあるし、自分の中のそういう『共感』みたいな需要を今自分の出来る手段だと文章を書くのが一番満たせる感覚もある。

 だから、その手段をやりたい、という感覚がある。*1

 

 そういう目線でこの映画を見たときに、散々マーヴェリック/トムクルーズについて書いてアレだけど、自分の目線がスッとトップガンの若手パイロットたちの目線にもシンクロ出来てしまう部分があることに気づく。

 冒頭のダークスターのテストの時点で、『パイロット』っていうのは時代遅れの流れが来ているっていうのは示されている作品なわけじゃないですか、『トップガン マーヴェリック』

 今の仕事は10年後にAIに取って代わられる〜とかそういう話もめちゃくちゃ聞くようになっていて、色々なものが新しいものに取って代わられる時代になっているわけですよ。

 それに希望を感じる部分もあるんですが、同時に不安に思うところもいっぱいあるわけです。

 時代に上手く乗れなかったり、それこそ上で書いた『文章』『パイロット』とかの相対的に『古い手段』でやっていこうという人はどうなってしまうのか。

 それで、そういう『時代』の淘汰圧に人はどう抗うか? って視点が生えてくるわけですよ。

 

 作中の若手パイロットたちは若手、なんですけど『パイロット』という『古い手段』をやっていこうとしている。

 

 んで現役でバリバリやって、今でも現役で出来るマーヴェリックが出来ることってなんだ?

 

「もうパイロットって時代遅れだから別のことやった方がいいぞ」って言うことか? いやそうではない。その困難な道を歩けるように先導することだ。

 ってのがマーヴェリック/トムクルーズの重ね合わせをやってきて、やりたかったことなんじゃないかなって私は勝手に思うんですよ。

 

 だからこそ、終盤でマーヴェリックが隊長として、不可能に思える任務を導いていくって展開につながっていく。ただ指導して「はい、やってね、死んだらごめんね」じゃなくて、自ら後進の道を切り開いていく。

 古い手段、時代にそぐわない手段、そういう時代の淘汰圧の中で自分の後を続いてくれる人たちがやっていけるようにする。そういうことをマーヴェリック/トムクルーズの重ね合わせを経て、この映画で示そうとしている。

 

 そうして実際任務は成功するし、最終的に若手の代表であるルースターとF-14に二人で乗って、過去と今の合流を果たして協力して生還、和解する。

 これは過去のトラウマ/しがらみといったものから解放されたマーヴェリック/トムクルーズへの救済とも見えるし、同時に『若手パイロットの代表』としてのルースターへの未来という希望でもある。

 

 だから、単純な年齢層上の人たちへ向けただけの映画ではなくて、若い人間であっても何かしらそういう時代にそぐわない好み、やりたいことがある人間にとって希望を示すような作品になっていて、それが単純なノスタルジーじゃない強い普遍性を獲得しているのではないかな、と雑分析をして想いを馳せてしまうわけなんですよね。

 

 とにかく『トップガン マーヴェリック』めちゃくちゃ面白かったです!

 いや〜いい映画だったな〜。

 IMAXで見たんですが、その映画館で見る味わい、みたいのも唯一無二な体験があって最高でした。

 もしもまだ見ていない方は是非!

*1:まぁ色々出来る手段を模索はしますが。ラジオもやってるしね!