えのログ

人生五里霧中

無職。カラオケでツイン照子と会う。

 正式に無職になった。

 七月一日は記念日ということだ。無職記念日。

 

 朝7時ごろに起きる。今日は最高の一日にすると決めていた。最高の一日、というのは心をどこまでも自由にさせてやる一日ということだ。物質的な豊かさもある程度関係するが、本質的なのはそういう心になれるかどうかだ。

 僕はその資格を十分に持っているという自覚と共に起きる。

 カーテンを開く。

 晴天で、これはとても良い天気なんだと、考える

 

 心は何処までも自由なので朝ごはんからいきなりチャーハンを作る。チャーハンを作ろうと思ったわけではなくて、白米にベーコンと余った玉ねぎを炒めて乗せて食べようかと思って炒めていると、「これチャーハンにできるな」と思ったのでその時の気持ちに従ってチャーハンにした。

 

 ご飯を食べて洗い物をして、かれこれ掃除したくてもしていなかった場所を掃除する。

 洗面所の隅に溜まった埃、お風呂のエプロンの裏側、ガスコンロ周り、トイレ。ガンガンに掃除する。

 部屋をクイックルワイパーで磨く。埃や髪の毛を徹底的に掃除する。

 

 清々しかった。人生で澱んでいた色々なものを一度に消していくような感覚。

 ただ、どうにもギアが入り切らない。どうしてだろう。

 

 その後、辞めた職場に送る色々なものがあって事務処理をする。

 封筒に詰めて、郵便局に行って簡易書留で送るのだ。

 

 そうしていると、「そうだ、カラオケに行こう」という気持ちになった。何か歌ったら心がスカッとする気がした。

 

 郵便局に行って簡易書留で書類を送付して、辞めた職場にメールを入れて僕はカンカン照りの中、雨傘を日傘の代わりにしてカラオケへ行く。

 ちょうどクーポンが使えるカラオケで安く済ませられそうだった。

 

 店内で簡単に説明を受けて、たくさんの氷と共に烏龍茶をグラスに注いで部屋へと行く。

 クーラーを強くして、座る。

「さて、何を歌おうかな」とデンモクをいじる。

 そうしてふと、視界を上げる。

 ツイン照子がいる。

 

「え、なんでツイン照子いるの」

「有給」

「いや、そういう意味じゃなくて」

 

 ツイン照子とは結構な期間会っていなくて、別に理由があったわけでないんだけどなんとなく会ったり連絡をとっていなかったので、不意の再会にビックリしてしまう。

 というかカラオケ行くとかもツイン照子に言ってないんですけど。

 

「はぁ〜無職はこれだから困るわね。えのきと違って社会人の有給は有限なのよ」

「ウグッ……」

 

 何も言い返せない! なんという横暴! なんという弾圧! なんという圧政だ!

 

「ほら、どうせ無職で暇で時間を持て余しているんだから私のジュースぐらい持ってきなさい。氷は少なめで。メロンソーダね」

 

 何も言い返せない。ここには有職者と無職者という圧倒的なヒエラルキーの差が存在している!

 いや、と僕は考える。そもそも僕がツイン照子を言い負かせたことなどないのでそもそも存在としてのヒエラルキー差があるのだ。

 おのれ、おのれツイン照子!

 と思いながら僕はサササササーっとドリンクバーへ行き、ツイン照子が望んでいるであろう量の氷をグラスに入れてメロンソーダを注ぐ。

 随分と懐かしいやりとりな気がした。

 

「遅い。歌い始めるところだったわ。こんなに暑いんだから、水分補給してから歌いたいのよ」

 

 そういうツイン照子の格好は仕事用のスーツスタイルではなくて、フリフリの服で結構な重装備だ。

 

「暑くないの? その格好」

心頭滅却すれば火もなんとやら」

 

 と、言った瞬間にツイン照子の頬をタラーっと汗が伝う。結構暑いらしい。

 

「うっさい! ほら! デンモクよこしなさい!」

 

 そういって僕のツッコミを待たずにツイン照子は僕からメロンソーダデンモクを奪い取る! なんという横暴! なんという弾圧! なんという圧政だ!

 ただ、僕はそのままデンモクを渡す。

 それは僕とツイン照子の関係がそういうものということもあるし、正直なところ歌うのが少し怖かったのだ。

 思いっきり楽しんでやろうとカラオケにきていて、歌って楽しくなかったらどうなる?

 今の自分の状況からして、そうなった時のヒトカラは悲惨だ。楽しめる気持ちの割合の方が大きいけど、僕は自分の感情の振れ方を自分でもうまくコントロールとか自覚を出来ていないからそれが不安だった。

 だから、こうしてツイン照子がデンモクを奪ってくれるのはありがたかった。

 

「え、というか何歌うの」

 

 そう僕は聞く。ツイン照子は普段インストとか洒落た洋楽とか、あんまりカラオケ向きの曲を歌っていないし、こうしてカラオケで同席すること自体なかったのだ。てっきりツイン照子はカラオケ嫌いなのだろう、ぐらいに思っていた。

 

「まぁ見てなさい。いや、聴いてなさい」

 

 そうツイン照子が言うとちょっとの間があって、モニターに曲が表示される。

 

youtu.be

 

 それはHump Backの『背景、少年よ』で、このバンドについて僕はほとんど知らないけどこの曲は知っている。

 バーチャルYoutuberのぽんぽこの24時間企画、ぽんぽこ24の最後のプログラムのカラオケで歌われていた曲だからだ。

 僕はこの曲をぽんぽこさんが歌うところに妙な文脈を感じてしまって、ここ一ヶ月ほどよく聴いていた曲の一つだった。

 でもツイン照子は普段こういう曲を聴いていない。

 

「——」

 

 ツイン照子が口を開き、歌い出す。

 一気にカラオケの中の雰囲気が変わる。

 ツイン照子の声は結構アニメアニメしている声なんだけど、それを歌う時は原曲とはまた違っていながら僕の耳の奥のどこまでも強く響いていくようなトーンの歌声だった。

 曲の歌詞の一つ一つがそれまで以上の鮮明に自分の中に染み込んでいく。初めて曲と出会ったかのような感覚。

 どうしようもなく社会から外れた後に歌われる曲の歌詞としてはびっくりするほどちょうど良かった。

 

 ツイン照子が歌い終わって、僕はめちゃくちゃに感動して「え、なんで知ってるの?」とかいうけどツイン照子は無視。そのまま二曲目が流れ出す。

 

youtu.be

 

 これまたぽんぽこ24で歌われた曲だ。

 でも、曲が流れて歌うツイン照子の方を見ると僕はツイン照子は歌詞ではない方向を見て歌っていることに気づく。

 

 もっともっと自分を愛せるよ 、と歌うツイン照子は僕のことをまっすぐ見つめて笑っていて、僕の全身に言葉が響く。

 

 そうして僕の中の錆び付いていたスイッチのような何かがガコンっと動いて自分も歌いたくてしょうがなくなる。

 

「はぁ、連続で歌って疲れたからえのき歌って良いわよ」

 

 って歌い終わった後のツイン照子が言ってきて僕はデンモクに思いつくままに曲を入れる。

 仮面ライダーカブトの『FULL FORCE』『LORD OF THE SPEED』バイガンバーVの『Get a Chance』とかとにかく入れる、ガンガン歌う。

 めちゃくちゃ楽しい。

 それを結構楽しそうな顔でツイン照子は見てくれていて、なんだか余計楽しくなる。

 そうして一通り歌い終わってふとツイン照子の方を見るともういない。

『有給をえのきだけで使うのは勿体無いから帰るわ』

 とスマホにメッセージが入っていて、勝手に来ておいてなんと勝手な、と思うけど僕はツイン照子の優しさに感謝している。

 

 そうしてさらに僕は色々歌って、最後にヴァルキリードライヴマーメイドのオープニング曲だった『Overdrive』を入れて、歌いながら感極まって泣いて、帰ろうとする。

 

「もう既にお支払いは済んでますよ」って店員さんに言われて、支払いをツイン照子にしてもらっちゃったことに気づいて、頭を抱えるけどもう支払ってもらったものは仕方がないのでツイン照子に更に感謝。

 

 なってしまったもんはしょうがないのだ。

 

 そうしてカラオケを出て、帰り道に傘をちょっと傾けて空を見上げる。

 びっくりするほど綺麗な空がある。

 

 めちゃくちゃ良い天気だ、と僕は思った。

 良い一日だった。