えのログ

人生五里霧中

P丸様。の新アルバム聴いてる。

 本当はもうちょっと凝ったエントリ名にしようかと思ったけどやめた。気恥ずかしさがあって……。

 

 

 P丸様。のセカンドアルバムの『ラブホリック』が9/28にリリースされました。サブスクも同時解禁。

正直、「世代じゃねえだろ」といった気恥ずかしさがある感じがあるんですが、相当にアルバムを気に入ってしまいめちゃくちゃ聴いています。

先行リリースされた曲もだいぶ気に入っていただけでなくて、アルバムとしての完成度自体だいぶ高いというのと『YouTubeTikTokなどの動画投稿サイトを中心に活動をしているクリエイターの楽曲』という目線で聴くとより文脈のようなものを感じるところがあり引き込まれるものがあります。

 

youtu.be

 

 まず前提として1stアルバムの楽曲の『シル・ヴ・プレジデント』が自分はめちゃくちゃ気に入っているというのがあります。キャッチーなメロディというのもあるんですが、なにより歌詞が良い。

 行き過ぎたレベルの『愛』みたいな感情があり、相当に「やりすぎ」な感じの歌詞ですが、その行き過ぎた感じが恋愛感情の制御効かなさのようなものが表現されていて好きなんですよね。

 なんだろうな、自分が今こういう恋愛感情に振り回されてってわけではないけど、このぐらいインフレーションした感情が歌われる方が聴いていて感情移入?しやすいという感覚があるんですよね。それは私が日常的に感情と衝動が入り混じった人間で、喜怒哀楽が激しいというのもあるんですけど、人間の実際に内面にある感情と、外側に出る感情の認識出来る幅みたいなものって相当にギャップがあって、このぐらいアウトプットとして過激に表現されないとその人の持つ感情にシンクロ出来ないところがあるというか。

 

『ラブホリック』にも引き継がれている歌詞の方向性としてそういった恋愛感情の激しさのインフレ、というのがまずある。そこがまず良い。

アルバムタイトルからして『ラブホリック』ですからね。やや「やりすぎ」なくらいの恋愛感情が歌われる。表題曲や『ときめきブローカー』とかがそう。

 

 ただ、単純にその方向性を繰り返しているというとちょっと違う。P丸様。の世界観のようなものを詰め込んだ1stよりもアルバム単体でのメッセージとしての要素としてだいぶ楽曲に方向性とか統一性が出ている。

アルバム前半、そういった『恋愛感情のインフレ』がとにかく様々な楽曲を通じて歌われる。徹底したインフレは、一連の楽曲の連なりになることで恋愛の喜劇性みたいなものが浮かび上がってくる。ただ『ラブホリック』や『乙女はサイコパス』といった歌詞になってくるとそのインフレした感情自体をメタに見ている雰囲気が出てくる。そんな風なインフレした感情自体のおかしみのようなもの。そういう異様な熱量の感情に振り回されることへの自虐的な目線がある。(乙女はサイコパス でも愛してね とか)

 

 そういうものが一つの形として結実するのが『MOTTAI』この曲は本当すごい。

 

youtu.be

 

Youtuber、TikTokerでの愛され方、消費のされ方、といったものだけでなくてそのうえで『自分という人間』を愛されたい、という欲求を歌うことで不特定多数に対してでの歌であるのに、不特定多数(あなた)へ向けたラブソングになっている。

自分が今という時代の中で、どういうプラットフォームで活動していて、どういう風な位置付けで、どういう風な消費をされるのか、というところについての徹底したメタな目線がありながらそれまでの不特定多数の人々にとってのラブソングでなくて『P丸様。』のラブソングになる。

 そうなってくるとそれまでのラブソングのインフレの位置付けが『メタ目線』だったのではないかというのが見えてくる。インターネットがそもそも生活に根付いている、SNSを通じて自分の一挙一同が他者からどう映るのかわかってしまう世代?人?そういう層を対象にした曲だからこそ、恋愛感情であってもメタに見て、その自虐的な目線を振り切るためにコミカルなまでのインフレに徹していたのかな、という風にテーマみたいなものを感じるようになる。

 

 ただ『ラブホリック』はここで終わらない。

『シャットダウン!』『ちきゅう大爆発』『あたしのクマ』ではそう言った解釈のようなものから逸れる。『あたしのクマ』は『誰』の曲なのかが定まらなくなる。不特定多数(あなた)を狙うにはレンジは狭いし(そういう人は少なくはないと思うけど、狙う層としては狭いそれまでより遥かに狭いと思う)、表舞台で描いているP丸様。像とも異なる気が感じがある。でも同時にP丸様。の曲でもある。

 Youtuber、TikTokerは日常の中、生活の一部になりがちだ。朝起きたり移動時間だったり寝る前だったりに見る。だからこそ、親しみを持つし、「わかったような気になる」それは積極的にクリエイター側が意図していることでもあるし、視聴者側が望んでいるところがあって共犯関係のようになっていると思う。

 

 だけど『ラブホリック』の最後はそういう共犯関係を壊しにいっている。

 

 表舞台では見えない『P丸様。』という偶像の向こう側に意識を向けるような方へ誘導をしている。『MOTTAI』で提示した『生き物として愛されたいな』の実践編みたいな感じだと思う。偶像としてのP丸様。に意図的にひびを入れて、生き物である『誰か』を意識させるというか。

 そんな風に考えても答えは出ないわけで、でもそういう風に深読みをしてしまうような風に見事に誘導されている。リスナーがそれこそ中毒状態になる……といった感じ。

 様々なアーティストの楽曲提供を受けていて、あらゆる才能が詰め込まれたアルバムである、というのは認識した上で、それでもなおテーマを持ってまとめられた優れたアルバムになっていると思います。

 

 と、上で書いたようなことをアルバムを聴いて思って、やたらと周回しています。

 そんな感じです。